第2話 ファーストコンタクト&ファーストバトル!
「は、え―――け、ケンタウロス!!??」
「なっ―――に、人間!!??」
銀色の髪の少年リィドと半人半馬の女魔族ステラフィアは互いの顔を見合わせて驚愕の声を上げた。
(な、なんで!? なんでここに魔族が!?
まさか―――別の場所から同時にこの『宮殿』に触れて、同時に転移されてきたのか!?)
一体どんな確率の奇跡だよ……! と思わず頭を抱えてしまいそうになるリィドだったが、そんな場合ではない。
『魔族』―――モンスターの身体的特徴を備えながら、人間と同等の知性を持つ存在。
そして人間と魔族は古来より幾度となく争い合ってきた歴史を持つ。
そのような存在とこんな所で遭遇するなど、リィドにとって完全に想定外の事態であった。
(い、いや待て! 落ち着け!
人間と友好的な関係を築こうとしている魔族だって確かにいる!
まだこのケンタウロスが人間と敵対している魔族と決まったわけでは―――)
そんな一縷の希望に賭け、リィドはその女ケンタウロスの姿を改めて見つめた。
そして、すぐに気付く。
艶やかな黒鹿毛の馬の胴体に、褐色肌で黒髪の端正な顔立ちの女性の身体。
何より―――剝き出しの両肩や両腕に見える、多種多様な『武器』を象ったタトゥー。
「ま、さか―――」
その特徴が示すのは―――
「【アーセナル・ギャロップ】の二つ名を持つ『魔王軍四天王』の1人―――
ステラフィア!!?」
「っ……!」
『魔王軍』―――それは強大な力を持つ『魔王』を筆頭に構成された、『国家規模』の戦力を有するこの世界最大の『人類敵対勢力』。
その中に置いて『魔王』に次ぐ実力を持つ四人の幹部―――『四天王』。
まさにその1人が、今リィドの目の前にいるケンタウロスなのであった。
友好的な魔族どころか世界中から最優先での討伐依頼が出されている、まごうことなき『人間の敵』の幹部―――
(考えてみれば……魔族が『ダンジョン』にいる理由なんて一つしかないじゃないか……!
モンスターの『支配権』を得る為……!
つまりは……人間と争う為の……戦力の確保……!)
リィドは目の前が真っ暗になったかのように錯覚し―――その所為で女魔族が『四天王』という言葉を聞いた瞬間、僅かに表情を歪めたことに気が付かなかった。
そしてその女魔族―――ステラフィアもまた、突然現れた人間の姿を見つめ『あること』に気付く。
「その胸の紋章―――まさか貴様、『勇者パーティ』のメンバーか!?」
「あっ………!?」
『勇者パーティ』―――それは『上級冒険者』50人規模のパーティが必要とされる『超上級ダンジョン』の攻略をたった5人で10回以上成し遂げてきたという規格外のパーティ。
『冒険者』及び『冒険者パーティ』の実力を示す『冒険者ランク』の中でも最大である『S級』―――を超えた『EX級』という世界にたった1組、このパーティの為だけに設けられたランクを彼らは与えられている。
そして、ステラフィアの目の前の少年の胸に輝く『EX』の文字が記された紋章は―――彼がその『勇者パーティ』のメンバーである事の証明であった。
そんな彼らに世界の人々から望まれている至上命題が―――『魔王軍』の撃滅である。
(まさか―――こんな所でよりにもよってかつての最大の『排除対象』に遭遇するとは……!!)
ステラフィアは全く予期していなかった突然の天敵との邂逅に冷静さを失い―――その所為で「やばっ……もうずっと付けっぱなしだったからすっかり外すの忘れてた……!」という少年の呟きには気が付かなかった。
「くっ―――!」
―――バッ!!
ステラフィアは即座にその場から距離を取り、警戒と敵意の眼差しでリィドを睨みつけた。
「っ………!」
リィドもまた、ステラフィアの挙動を見逃さないように全神経を集中させる。
『一発触発』という雰囲気がこの場を包み込んだその時―――2人の視界の端に何かが映った。
それは―――
「きゅるっ♪ きゅるっ♪」
その姿を一言で言い表すなら―――1メートル大の巨大な水まんじゅう、といった所だろうか。
『上級モンスター』―――『ジャイアント・スライム』がこの場の雰囲気などまるでお構いなしに楽しそうな鳴き声を出しながら、ぽよんぽよんと跳ねていた。
どうやら2人が突然の事態に慌てている隙にどこかの通路からやって来ていたらしい。
そのモンスターの姿を見た瞬間―――
「っ!!
《テイム・チェーン》!!」
―――シュバッッッッッ!!!
リィドはその掌から自身の魔力によって出来た『鎖』を伸ばし―――
―――ジャリィッッ!!!
「きゅるっ!!??」
巨大な『スライム』の身体へと巻き付かせた。
突然のことに『スライム』は驚いた声を上げる。
「なっ……! その『鎖』……!
貴様、【テイマー】か!!」
この世界において人間は『冒険者』となることで目覚める特殊な『力』を宿した役職―――『ジョブ』の才能を持っている。
そして【テイマー】とは、本来人間に襲い来る『モンスター』を従わせ、戦力とすることの出来る『力』―――『スキル』を与えられる『ジョブ』である。
リィドの掌から伸びた『魔力の鎖』を見た瞬間、ステラフィアは少年がその『ジョブ』に目覚めた者であるということに気付き―――同時に自身が判断ミスを犯したことにも気付いた。
モンスターを従えていないさっきまでが、この少年を倒す絶好のチャンスだったのだ。
今リィドが鎖で拘束した『ジャイアント・スライム』は再生能力に特化したモンスターであり、戦闘能力はそれ程高くはない。
しかし目の前の少年はあの『勇者パーティ』のメンバーなのだ。
その実力は―――推して知るべし。
『ジャイアント・スライム』を従えた少年は視線をステラフィアへと戻し、鋭い目つきで彼女を捉えた。
「っ………!」
ステラフィアは次の瞬間に訪れるであろう、少年が従えたモンスターによる攻撃を覚悟し―――!
―――ずるずるずるずるずる………
……モンスターへと掌を向けた姿勢のまま、間の抜けた音と共に少年が引きずられていく様をその目に映していた。
「…………………ん?」
首を傾げたステラフィアは『スライム』へと視線を移す。
「きゅるっ♪ きゅるっ♪ きゅっきゅる♪」
そこには先程と変わらず楽し気な鳴き声を出し……自身に巻き付いている『鎖』のことなどまるで気にせず飛び跳ね回る『スライム』の姿があり……
―――ずるずるずる………
「あ、あの、君……!
ちょっと待ってぇ……!」
次いで、そんな『スライム』に力負けし、自身が巻き付けた『鎖』に引きずられていくリィドの姿が見えるのだった……
「きゅる~……きゅるぅっ!!」
「あっ、ちょっ!!
ぎゃあああああああ!!!!」
―――ズシャアアアアアア!!!
身体に巻き付く『鎖』を煩わしく感じたのか、『スライム』が一気に駆けるかのように跳ね回ると―――リィドは床の上を引きずり回されてしまい、たまらず『魔力の鎖』を解いた。
「きゅるっ♪ きゅる~♪」
そして『スライム』は上機嫌な鳴き声と共に通路の奥へと姿を消していったのだった……
「うう……酷い目にあった……」
「―――おい」
「あ」
後ろからの女魔族の声に、リィドはゆっくりと振り返る。
「いやぁ……その……あはは……」
そして、曖昧に笑って誤魔化そうとしたが―――
「何のつもりか知らんが―――死にたいというのなら、望みどおりにしてやるぞ」
すぐさま聞こえた殺気交じりの言葉に、「ダメかぁー」と諦観に満ちた呟きを零すのだった。
そんなリィドを他所にステラフィアは右手を真っ直ぐに伸ばすと―――
「《リインフォース・アームズ》」
―――バリィイィィィッッッッ!!!
「っ―――!!」
その『魔法名』と共に伸ばした掌の先から凄まじい黒い雷光が迸った。
そして、次の瞬間―――
「《ナンバーズ・ワン-ライジングブレード》」
ステラフィアの手に―――『大剣』が握られていた。
「う、あ……!
あれ、が……『四天王』ステラフィアの……『武器生成魔法』……!」
虚空より現れたその巨大な剣を見つめながら、リィドは戦慄と共に声を漏らした。
ステラフィアの二つ名、【アーセナル・ギャロップ】―――『駆ける武器庫』の名を体現するその『魔法』こそが、この『武器生成魔法』であった。
自らの魔力を用いて創り出されたそれは人間の手で作られたものを遥かに超える強度を持ち、これまで幾多もの『上級冒険者』がその『武器』を前に敗走を余儀なくされたという。
「っ―――!!」
リィドは思わず目を瞑る。
そして数秒後、あの『大剣』で自身が真っ二つにされる未来を幻視し―――!
「…………………………………………?」
いつまで経ってもその未来が訪れないことに疑問を感じ、目を開ける。
すると―――
「ぜぇぇぇぇぇぇぇ…………!
はぁぁぁぁぁぁぁ…………!
ぜぇぇぇぇぇぇぇ…………!
はぁぁぁぁぁぁぁ…………!」
顔面蒼白で身体中から滝のような汗を流し、全身で荒い息をつく女魔族の姿があった……
『大剣』を握る両腕はカタカタと震え、黒鹿毛の馬の胴体は生まれたての小鹿のようであった。
「………えーと……あの………?」
「ちょ、ちょっと……待ってろ……!
い、今……息、整え―――あっ」
―――ズドシャアアア!!!
声を出した反動で自身の身体を懸命に支えていた4つ足がバランスを崩し、ステラフィアは盛大に床へと倒れ込み―――
―――シュァァ………
創り出された『大剣』は、儚く消え去ってしまった。
「ええ………」
横倒しになってピクピクと震える女ケンタウロスを前に、リィドはただ途方に暮れるのだった……




