「神匂し」
遅咲きの両性具有の騎士として、パイベルジェレア・ローオル・ゲゼントラーレアは社交界デヴューを果たしていた。両性具有者の出生率自体はさほど低くはない。十人に一人は生まれる計算だ。だが、パージェはその中でも異彩を放って見えた。
訓練を受け始めた年齢も叙勲も遅かったと言われていたが、どう見ても二十歳そこそこの外見だ。淡い赤茶色の髪はさっぱりと首元で切られ、ふわふわした癖毛をシャギーで整えている。女性と見紛うほどに華奢ながら均整のとれた体躯、切れ長で猫科を思わせる金色の瞳。伯父元で教養と礼儀作法を叩き込まれ、振る舞いは優雅で颯爽としている。人懐こさと高貴さを共に備え、話し掛けられれば誰にでも明るい笑顔を見せる。
そんな彼は、お披露目会でも性別を問わず、人々の視線を惹きつけた。
だが、時折ふと金色の瞳によぎる陰には、何処かミステリアスな雰囲気を孕んでいた。
まるで人々を値踏みしているかのような――。
その夜。闇にすっぽりと覆われた墓地。微かな梟の声、ざわざわと木々の悲鳴。だが雲からぼんやりと月が顔を出した瞬間、一斉に気配が静まる。
草を踏みしめ近付いて来るのは、小さな靴音。
「……やあ。来たね」
華奢なシルエットが魔法のように現れた。
「騎士さま」
うわずった声をあげ、少女は続く言葉を探す。その唇にそっと指を置き、彼の金色の瞳が銅の瞳を覗き込んだ。
それは少女を捕らえる魔法の檻。
「深夜に女の子がひとりでこんな人気のない場所まで出歩くなんて、余り感心しないなあ。ふふ……何があっても知らないよ?」
「……意地悪。お呼び立て下さったの、騎士さまじゃありませんか」
悪戯っぽく微笑む彼に、少女ははにかんだように顔を伏せた。
「君の瞳が僕を吸い寄せるからさ……」
細い肩に手を回し、彼は彼女を抱き寄せる。
そして。
風が蘇った。木々が再び悲鳴を上げ、薄雲が月影を遮る。
ざわざわと梢が鳴った。
また、そんなことをしていたのか。
新しい異臭に気付いた伯父オフトウェブル辺境伯は、パージェの部屋の入り口で繭を顰めた。甥騎士は、燭台の明かりしか照らすものがない暗い寝室で、ベッドに横たわり、何か丸いものを弄んでいる。子供の頃、彼を引き取った時から治らない悪癖。
パージェは銅色の瞳を見つけると、眼球を抉り出し、干乾びて駄目になるまで玩具にする奇癖があるのだ。それが何に所以するものなのかは伯父には予測がついていた。
「この瞳も、良く見ると伯母様の色とはちょっと違うんだよね……」
パージェは手に入れた玩具にはやや不満げだ。
「瞳の持ち主は如何したのだ?」
「伯父様は何もご心配なく。身体も心も全て奪ってから、神匂しにしておいたよ」
突然声をかけたのに、パージェには全く動じる気配がない。それどころか伯父がそこに居ることを既に知っていたかのようだ。彼は手慰みにしていたものを屑入れに放り込むと、手水鉢で軽く手を洗い、そして蝋燭の光で余計に金色が際立つあの瞳で見つめた。
「さて、今晩は如何されるの? また僕を弄臣になさるのかい? 枕事の勉強になるから僕は構わないけどね、伯父様はお歳をそろそろお考えになった方がいいと思うよ」
いつものように、正装し、恭しく膝を折りかしずく甥の姿に、城主オフトウェブル・ゲゼントラーレアス伯は、改めて、感慨とも溜め息ともつかぬ息を吐いた。
あんなに細かった体躯が、壊れそうな瞳が、よくもここまで何事もなく成長出来たものよ。
初めて出会った時の彼女が脳裏を過ぎる。人形めいた微笑みを浮かべ、血の海に半ば沈み込むように倒れていた両性の子供。その母を奪い、彼女を苛み続けた我が愛妹の狂行……。この子が表情を取り戻すまでに、どれ程の時間がかかったことか。
国王陛下に勲爵位を賜り、無事に騎士位に就いたとの甥の報告に、ウェブル伯は胸を熱くした。
だが次の瞬間えも言われぬ不安が伯の喉元を襲った。甥が唇に薄く笑みを浮かべる。その金色の瞳が、無性に禍々しい。
「それでは伯父様、僕はこれで。……伯母様が待っておいでですから」
颯爽と彼は立ち上がり、踵を翻す。
だが。伯母、即ちウェブル伯の狂妹は、あの日、目の前の騎士……パージェ自身に殺されたのだ……。




