二人の和子
セレモニーホールは海秋沙駅の北の、桜色と卯の花色の建物だった。控えめな色合いが雪菜の目に優しく映った。
二階奥の部屋の前に大看板があり、力強い楷書体で『故七條和子儀 葬儀式場』と書いてあった。
記帳し、ご香典を渡し、中に入った。
祭壇には遺影が飾られ、その前に真珠色の棺桶があった。
遺影の和子は雪菜の見慣れた彼女よりも若く見えた。首を回し、しゃんとした姿勢でこちらを見つめている。いつの写真だろう。ぼんやり見ているうちに、雪菜の知っている和子とはじめて見る和子──二人の像が重なってどちらの輪郭が本物かわからなくなった。
祭壇近くに勝利がいた。彼の背中がいつもよりも小さく見える。
声をかけると、勝利はあわてた様子で振り向いた。いつもの朗らかな笑顔はなく、うつろな目をしていた。和子の亡くなった日からしっかり眠れていないのだろうか。
お悔みを告げてから生前の和子の様子を教えてもらった。
「僕たちねえ、毎朝話していたんだよ。話の内容はね、思い出せないくらい平凡なものだよ。幸せってこういうものなのかな、って感じるくらいのね。おとといの和子さん、天井を見上げて『きれいな虹ねえ』と言ってゆっくりと目をつぶったんだよ。びっくりして名前を呼んだんだけどね、二度と目を覚まさなかった。去年の春から二人で覚悟してきたはずなんだけど、今日がその日だなんて……どうしても認めたくなくてね。和子さん、最期は自宅で過ごしたいと言ってたから、その願いを叶えてあげられたのが、せめてもの救いかな……」
雪菜の目にはおしどり夫婦に見えた二人の別れもにわかに訪れたようだ。終わりを迎えたばかりの五十年が砂時計のようにあっけなく見え、雪菜は胸が締めつけられるようだった。覚悟なんてできるはずがない。雪菜はたまらず勝利の肩をさすった。喪服のなめらかな質感が彼の体温を隠していた。
話が終わって雪菜はほかの葬列者にならって席に着いた。美月が小声で「雪菜、大丈夫?」と訊いた。
動揺せずにいられた理由は自分でもわかっていた。車椅子がないから、ここには和子がいないと思った。勝利が「和子さん。雪菜ちゃんたち、来てくれたよ」と棺の中にいる彼女に話しかけていたときもそうだった。和子が別の場所にいる気がしてならないのだ。そのうちすぐに戻ってきて、睡蓮の咲くあの池のほとりで話ができる。そうだ! また四人で百人一首の話をしよう。
雪菜は決して混乱しているわけではなかった。頭では和子の死を理解できている。しかし感情が追いつかない。和子の訃報を聞いたあのときから雪菜の時間は止まったままなのだ。目の前にとめどなく広がる夕凪の世界は断固として同じ形を守り続けている。
告別式がはじまった。導師が小さな鐘を鳴らしながら入場すると、彼に導かれるように会場全体が静謐から荘厳へと姿を変えた。
最初のうちは読経をなぞるように聴いていたが、和子の顔が浮かぶと集中できなくなった。はじめて会った日に笑顔を振りまいた和子。古典の話になると口数が多くなる和子。ツグミを見て「だるまさんが転んだみたい」とほほ笑んだ和子。たくさんの思い出が浮かんでは消え、そして消えては浮かんだ。
雪菜は数珠に視線を落とした。菫色の房を二つに分けたり、紫紺色の玉をなでたり手元を遊ばせた。読経の隙間から葬列者のすすり泣きが聞こえてくる。
導師の声は体を痺れさせる鈍い響きがあるのに、耳から入ってくる音は単調で、その落差が雪菜の不安をかき乱した。不協和音はそれだけではなかった。線香の香りもだ。鼻をくすぐる甘い匂いは、和子に思いを馳せている雪菜にそっと寄り添いながらも、まどろみの世界に誘い、言葉を溶かしてしまうのだ。
どこかからドォンと重い音が聞こえた。雷鳴が轟いたような、何かが爆ぜたような。音は間隔をあけながらも規則正しく聞こえた。少しずつだが確実に大きくなっていくようだ。雪菜の夕凪の世界が微かに揺れた。海面に波紋が立った。
そのときだった。螺旋のように絡まり合った糸の塊から一本を手繰り寄せるかのように和子の匂いを嗅ぎ分けたのだ。雪菜はとっさに顔を上げた。目の前の光景、その明暗はこれまでとは異なって見えた。急に別の葬儀場に迷い込んだような強い錯覚。
そして雪菜はわかってしまった。和子はもうこの世にいないのだ。二度と彼女に会うことはできないのだ。
その現実は津波のように押し寄せ、堤防をあっけなく打ち砕き、雪菜の夕凪の世界を飲み込んだ。止まっていた時間が動き出す。雪菜はたががはずれたように泣きじゃくった。力で押さえつけようとすると悶えるような嗚咽が出た。
ご焼香のとき、
「和子さん。出逢ってくれてありがとうございました」と伝え、深く頭を下げた。じゅうたんに涙が滴った。それは時間をかけてゆっくりと広がっていった。
葬儀が終わり、四十がらみの女性司会者が故人紹介をした。雪菜の知っている和子もいれば知らない和子もいた。
「本日ここに集まりました皆様に、故七條和子様についてお伝えしたいと思います。七條和子様は去る二月二十三日七時十九分、愛するご家族に見守られながら、八十二歳の天寿をまっとうされました。和子様は長年、私立水薙鳥高等学校で教鞭をとられ、多くの生徒の人生に深い影響を与えてこられました。送り出した生徒は一万人以上だと聞いております。厳しくも愛情に満ちた指導で、生徒から畏敬の念を持って見られる一方、深く慕われる存在でもありました。時には困難を抱えた生徒を退学させまいと深夜まで奔走し、ある男子生徒の──『もう先生のこと裏切れないから』という言葉に涙され、教育者としての使命に満ちた日々を過ごされたようです。定年後は海秋沙コミュニティーセンターに通い、合唱サークルに参加され、音楽を通じて新たな喜びを見出されました。オーケストラや日本舞踊にも造詣が深く、芸術を愛する心を最後まで持ち続けられました。晩年はかつての教え子たちが訪ね、また新しい友人との語らいを心待ちにされたりと、豊かな人間関係に恵まれた日々を送られたようです。闘病しながらも弱音を吐かず、最後まで笑顔を絶やさない方でした。本日喪主を務める夫の勝利様をはじめ、ご遺族の皆様とともに、七條和子様の温かな人柄と、教育者として、また一人の人間として、残された大きな足跡をしのび、謹んで哀悼の意を表したいと思います」




