伊澄VS勝利
その晩、伊澄の好きな水餃子を作った。雪菜にはわからないが、酢醤油ベースの葱だれが紹興酒と合うらしい。
成績を打ち明けたときには母が酔うまで気長に待ったけれど、今回は自分に罪はないし、酒の有る無しに関わらず最初は拒否されるだろうからと、夕食が始まってすぐ切り出した。
「勝利さんと和子さんがね、パーティーに誘ってくれたの。美月も一緒だからさ、参加してもいい?」
「昼?」
「ううん。夜」
「ダメに決まってるでしょ」
「ええっ、なんで? どうしていつも嫌がらせするの?」
「あのねえ、嫌がらせしようとしてダメって言ってるわけじゃないの。あんた、まだ高校生でしょ? 何かあったら誰が責任取ると思ってるのよ」
「自分の責任は自分で取る。それに何も起きないって!」
「取れないでしょ。だめったらだめ!」
「ちゃんと聞いてよ」
「聞いてるでしょ」と母はため息をついて、グラスに残っていた酒をぐいっと飲み干した。
「パーティーに来るの私たちだけじゃなくてね、和子さんの生徒もたくさん来るんだよ」
「ああ。たしか高校の先生してたって言ってたっけねえ」
「そうだよ。だから安心でしょ?」
母はとくとくと紹興酒を注いで、
「最近は教師のほうが心配よ」
「え~、そしたら美月が一人で行くことになっちゃうじゃん。人見知りなんだよ? なんでそんないじわるするの?」
「だ・か・ら、いじわるしようと思って言ってるわけじゃないの! 今日はやけにしつこいわねえ」
母子家庭の負い目から、雪菜は伊澄に反対されるとあきらめがちだった。しかし、今回だけは引き下がりたくなかった。
しばらくの間、ドッチボールでもするように「参加したい」「だめ」の単調な応酬をしていたが、これだけじゃ心変わりしなさそうだ。
「じゃあさ、こういうのはどう? あとで勝利さんに電話するからさ、お母さん話してみてくれない? お母さんが変な人って思ったら潔くあきらめるから。話すだけ! お願いします!」
伊澄は渋ったが、雪菜が一生のお願いを使うと、
「話してみるだけだからね」と妥協してくれた。
夕食後、雪菜は勝利に事情を説明してから伊澄にスマホを渡した。
伊澄は受け取ったときこそ嫌そうな顔をしたが、電話に出るとよそゆきの声になった。
雪菜がそわそわ行ったり来たりしていると、母は送話口を押さえながら、追い払う手振りで言った。
「話しているんだから静かにして」
雪菜は母の隣に座って様子を見守った。
息をひそめても勝利の声は聞こえない。
母はソファーに浅く腰をかけ、背筋をぴんと伸ばしていた。まるで突然出会った動物たちが相手を刺激しないように一定の距離を保ち、探り合っているみたいだ。
ところが、話がパーティーに及ぶと伊澄の口調が変わった。
「娘はまだ未成年ですよ?」と叫ぶように言った。
雪菜には勝利の反応がわからない。とっさに伊澄の袖を引っ張ったが、母は大根でも引っこ抜くような強い力で振り払った。
十分ほど話して伊澄は、
「疑っているわけではありませんが──」と人質を取るように、七條夫妻の名前、住所、電話番号を書き留め、
「娘ともう一度話し合わせてください」と伝えて電話を切った。
伊澄は雪菜に七條夫妻の連絡先を出すように言った。雪菜が応じると、伊澄は二つの情報と照らし合わせていたが、
「嘘ではないみたいね」
「嘘つく必要なんてないじゃん」
「うーん……。私は気が進まないけど、参加したいのよね?」
「うん」
「どうしても?」
「うん。どうしても」
「それじゃあ、九時に迎えに行ったらすぐに帰るって約束できる?」
「勝利さんは十時までって言ってたよ」
「それならだめ」
「九時まででいいから!」
雪菜は念押しするかのように手を合わせた。
「お願い。お母さんが来たらすぐ帰るって約束するから。お願いします!」
伊澄の表情は中身が抜けたように軽くなって、
「わかった。いいよ」
「お母さん、いつもだめだめって言うのに、最後には優しくなるもんね」
「いやあ、そうじゃないのよ。私ね、絶対本心暴いてやるぞってつもりだったんだけど、七條さん、どんな言い方しても声のトーンが変わらなかったのよね。でも受け流されたとか、手応えがないとかそんな感じとは違うのよ。うーん、なんだろうねえ……。そんな人いるんだね。きっといつもニコニコしている人なんだろうね」
「絶対に敵作らない人だよ」
「わかる気がする」




