神岡美月の事件簿②
花火大会の土曜日になった。
夜、美月から「タコ公園に来てほしい」と電話があった。早く自慢したいけれど平静を装っているようにも、逆に嫌なことがあって拗ねているようにも聞こえた。雪菜は結果によらず呼び出しがあるだろうと読んでいた。まだ八時前。予想以上に早い時間だ。
タコ公園は正式名称ではない。砂場近くに剥げて緑青色になったタコの銅像があり、どちらともなくそう呼びはじめただけである。LED街灯が立ち並ぶ大通りに面し、向かいにはコンビニがある。街路の灌木や公園の喬木が車の音を遮断するためか、明るさのわりに静かな場所だ。緊急の話がある場合にはこうして集まってひそひそ語り合う。
公園に入ってすぐブランコに乗っている美月を見つけた。首を傾けながら同じリズムで地面を蹴っている。キー、キーと金属の嫌な音が聞こえた。
「お待たせ~」
雪菜は明るい調子で駆け寄ったが美月は一瞥しただけだった。泣きっ面のせいか、桔梗の浴衣と艶のある顔がかえって、見慣れたはずの美月を幼く見せている。
「どうしたの?」
「話がある」
「うん。だから来たんだよ。デートどうだった?」
美月はつっけんどんに言った。
「あんなやつ好きになるわけないじゃん!」
「昨日までとはテンションが違うね。何があったの?」
「聞いてくれる?」
「うんうん」
「告白されたんだけどね、その告白が最低だった」
「なんて言われたの?」
おそらく時の君のものまねなのだろう。美月はひょっとこみたいに口を突き出して言った。
「『月がきれいですな』だって。明治の人かよ!」
雪菜が肩を震わせてながらも耐えていると、美月は追い打ちをかけるように、
「しかもさ、花火もクライマックスで、まわりにもたくさん人がいたんだよ。思わず見ちゃったけど、月なかったしさあ、ってか、ちゃんと花火見ろよ!」
「クライマックスってスターマインのとき?」
「そういう名前なの? バババババって打ち上がるやつ」
雪菜はたまらず噴き出した。
「月がなかったのもおもしろいけどさ、時の君らしく最高のタイミングで告って、最高のタイミングで噛んだのがやばいね。新しい名言できちゃったじゃん」
「雪菜。怒るよ?」
美月はキッと雪菜を睨んだ。下唇を噛んだまま悔しそうにこちらを見ている。今にも飛びかかってきそうだ。
「……ごめんなさい。でもさ、スムーズに言えなかったからアウトっていうのは、さすがに厳しすぎない?」
「違うじゃん! 名前に月がつく子とデートして、月ないのに月がきれいとか、もうぐちゃぐちゃでわけわからないじゃん! そもそも月って何よ! 何かの比喩? あいつは私に見えてない物が見えてるの?」
暴れ狂うスプリンクラーのように次々と飛び出す言葉に雪菜が忍び笑いをしていると、
「それにね、これにはまだ続きがあって、あいつたぶん慶応じゃないし新人賞の話も嘘だよ」
「え、嘘?」
「うん」
「なんで嘘ってわかったの?」
「私、時の君の小説に興味あったから、読ませてってお願いしたんだよ。私、ハイデッガー好きじゃん?」
「いや、はじめて聞いたし、その人がわからないんだけど」
しかし美月は反応せずに、
「そしたらあいつ、身ばれするのが怖いって言ったの」
「あ、そっか。哲学カフェは偽名でも良かったんだっけ?」
「そうそう」
「まだ美月を信用してなかったのかな?」
「違うって! 最後まで聞いてよ」
「あ、ごめんごめん」
「新人賞もペンネームでいいみたいなんだけど、あいつは本名で出したみたいなの。私はよくわからないけど、あいつ、ペンネームを使う作家は説得力がない、って言ってたし」
「説得力かぁ。そんなの考えたことないなあ」
「私もだよ。どの賞に応募したのかまでは教えてくれなかったんだけど、その賞の選評はネットにも公開されてるらしいんだよ。本名で出してるのに身ばれがどうとかっておかしいじゃん」
「そう言われてみれば、たしかに変だね」
「そもそもの話よ、今まで書いた作品全部見せてくれ、って言われた人がなんで新人賞に落ちてるのよ。それもおかしいじゃん。あっ、聞いて聞いて! 雪菜待ってる間に、なんかおかしいぞって思って、プログラマーについて調べてみたんだよ。そしたらね、プログラムって言語が違っても文法は似てるから、一個マスターすれば他のやつもすぐ習得できるらしいの! だから何個できても不思議じゃないって書いてあったの!」
「あれ? 時の君はさ、センスがどうとか言ってたんじゃなかったっけ?」
「そうそう。だからそれも嘘なんだよ。もう嘘まみれだよ!」
「そうかあ。残念だったね」
「もう恋はいいや」
「なんだか詐欺にあったみたいだね」
「そうなんですよ。雪菜さん、これは詐欺なんです。決めた! 私将来政治家になって『みえっぱり禁止法』作る!」
そのあとも美月はあの発言も怪しいと騒いでいた。
雪菜と美月は性格が違う。けれども切り替えの早いところは似ているようだ。だから雪菜にはなんとなくわかる。もう溜飲が下がったんだなとか、もうちょっと話したいのかなとか。
愚痴を吐いているうちにすっきりしたのか、
「まあいいや。うじうじタイム終わり。せっかくの夏だもんね」と声は和らいでいた。




