第9話 パッケージ・ガール【セレスティア】
ユクスとの密室取引から数時間後、俺は施設から施設に移動し厳重な警備の塔に辿り着く。
そして重い隔壁が音を立てて開いた瞬間、空気が変わった。薬品の匂いと鉄の匂いが入り混じる、嫌な密室特有の匂いだ。ここは、ただの収容室じゃないな……。直感で、そう感じた。
――これが「護送任務」の対象……か?
窓硝子越しの室内。
そこにいたのは、眠った銀髪の少女――いや、正確には目を閉じているだけで……起きている?
「……冗談だろ」
思わず口から溢れる言葉を、ユクスは無視して歩み寄る。
「刻限計画――クロノコア実験の被験体。彼女の名は、セレスティア」
大それた言葉を見逃さなかった。
「刻限計画……?なんだよ、そりゃ」
「機密指定だ。追って話すさ」
淡々と返される言葉に、苛立ちが胸を叩く。俺は今、人間の子どもを見ている。機密や計画よりも気になる事実が目の前にある。
「被験体って、人間だろ? こいつは」
俺の常識の範疇では、当たり前の疑問のはずだ。
「人間だろうが、子どもだろうと関係ない。オルビスは、そういう組織だ」
「……」
俺は眉を寄せ、ガラスに近づく。
そして彼女が機械じゃないのを確認する。まぁ、機械のほうが驚きはするが。
オルビスって組織は……人間にまで、あの犬のような扱いをしてやがんのか?
「護送任務の対象は、この子だ」
嫌な予感の的中。
「おい待て。俺、重役の護衛だと思っていたんだが?」
「どちらも護衛には変わりない。それに重役以上に重要な資産だ。少なくともオルビスにとっては私以上に、な」
ユクスの言葉は平坦だった。その平坦さが逆に耳を刺す。
「……本気か?」
舌打ちが自然と漏れる。
護送対象が子どもだろうと、偉人だろうと命の値段は変わらない。
ただ――面倒臭さは、段違いだ。
「……こんなの、お荷物じゃねぇかよ。何かあったら、俺が責任とれって?……笑わせんなよ」
俺の言葉に、ユクスは淡々と返す。
「任務を完遂すれば、執行猶予と保釈。加えて、位階の空席に座る資格が得られる」
「……」
俺は黙り込み、窓越しの少女を見つめた。
「断れば、拘束対象に逆戻りだ。まともな裁判も、期待できまい」
この部屋に辿り着いてからずっと、胸中で嫌な予感が蠢いていた。
「……ちっ」
思わず、捨て台詞のような言葉を紡ぐ。
「……カルト集団だったとは思わなかったぜ! 差し詰め――聖女サマってか」
口を突いて出た皮肉に、ユクスはわずかに眉を動かす。
「カルト集団、か」
だが目は、笑ってはいなかった。
「違ぇのか?」
「いや、言い得て妙だと思っていてね。しかし、君がそれを口にするのは、まだこの世界の深淵を経験していないからだ」
こいつは、ホント……物事を態と気になるように伝える野郎だな。
「説教かよ」
「いいや、忠告だよ。君は――金貨だけを信じて生きてきたんだろう? だが効率だけで切り捨てたものが、いつか牙を剥く日が来る」
悪いかよ……。こういう仕事は、必ず割に合わない結末を連れてくる。そういうのを回避して、今まで生きてきたんだ。
「……哲学まで語りやがるのか、評議員サマは」
「なにぶん、人を見極める……生業でね」
その目から静かだが、底知れぬ雰囲気を感じる。
「笑えねぇ冗談だな」
「冗談ではないさ」
その言葉の真意を測ろうとした瞬間、セレスティアの視線がこちらを射抜いた。怯えているはずなのに、妙な確信めいた何かが混じっている。
――この少女、何者だ?
「……こんなガキ、何ができる」
「それは君が見極めることだ」
「はぁ?」
不穏な言葉を残し、ユクスは手続きを始める。全て計算済みのように淡々と、俺の疑念を無視しながら。
少女の睫毛が、微かに震えた。ゆっくりと瞼が開き、俺を真っ直ぐに見つめて――口を開く。
「……あなたが、アルデリオ?」
その一言で、心臓が跳ねた。
なぜ俺の名を――。
「…………ふ、有名人はつらいね。ところで……俺の名前、何で知ってる?」
思わず問い返すが、彼女は答えない。
ただ、困惑と怯えと――奇妙な安堵の混じった表情で、俺を見つめていた。
「……彼女は、予め君がここに来るのが分かっていたんだ」
「……いつの間に、通達したんだ」
そんな時間はなかったはずだ……。取引から直でここに来たはずなのだから。
「そんな時間が無かったのは、君にも分かっているはずじゃないかね?」
「いや、取引自体は……不自由な二択だったんだから、予想は簡単だ。それで事前に話していた……?」
「ふっ……」
ユクスが優しげに、静かに笑う。
「君は……人間だよ。今はそれだけ、理解していれば良い」
何か、氷のようにひんやりとしたその響きを反芻しながら、俺の中では何かが崩れ落ちる音がした気がした。




