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第8話 ~フォール・ガイ~

 ――(アルデリオ、ありがとう)――


 今度は正体不明の、しかし、忘れられぬ声が聞こえた。あの爆炎の最中、最後に聞いた謎の声が。

 だが俺は同時に、戻れば椅子があるという匂いも嗅ぎ取ってしまった。天秤の上で、秤は揺れるばかり。


「戻るかどうかは……そっちの出方次第だな」

 軽く返しつつも、内心ではユクスの一挙一動を測っていた。この男が本気で誘っているのか、それとも俺を試しているのか。


「選べる立場に君はいない、だろうがまぁ良い」

「では、単刀直入に言おう。我々は、君に依頼を提示する」


「――は?」


「組織の重要人物を、機密区画から外部拠点まで護送してもらいたい。移送任務だ」


 意味を理解するのに時間がかかった。拘束された犯罪者相手に、任務? 護衛? といったか?


「任務を完遂すれば、執行猶予と保釈が認められる」

「もっとも私が保護監察官となる条件付きで、だがね」


 ……冗談だろう。そう思ったが、目の前の男の目は冗談どころか、感情のひとかけらも映していない。

 ぐ……短い刻では、とても読み切れん。


「察しの通り君の能力は、我々もある程度把握していた。だが――決定的だったのは今回の暴走だ」


「あの少年には、悪いがね?」

「……!」


 ――な……あのガキのことが、ユクスの口から出た瞬間、俺の胸中にわずかな火が灯った。

 ――どこまで……!? いや、どこから――が正確、か。

 俺の動揺とは裏腹にユクスの声は冷静そのものだった。書記が帳簿でも読むように、俺の衝動的な事実として処理していく。


 ――あのガキと犬……依頼までもが……マッチポンプだってのか……?


「灰の鋼を倒すほどの傭兵上がり。使い道は、ある。利用価値も」


「なるほど……ユーリ=クラウスっていう人間は、俺の出世までちゃんと()()()()()で用意してくれるんだな?」


 やり込められそうなのが悔しくて、皮肉混じりにそう返すと、ユクスは平然と肩をすくめた。


「……かも知れん。ついでに報告書にはこう書いておこう。位階の空席に、多少高く売り込めそうな人材がいた、と」


「条件ってわけか。天秤にかけるのは――俺の命、それと……ポスト」


 なるほど、暴走ね。

 どうやら俺はまんまと罠に引っかかってしまったようだ。連中は灰の鋼の犯行など、既にお見通しだったのだ。


 そして犬とガキを通して真実に辿り着く実力者を見極めたかった。外堀は、完璧に埋まっていた。逃げ道はどこにもない。


 オルビスの論理は、ずっと前から冷酷なほどに合理的だ。

 安い労働力としての囚人。そして、実力も折り紙付きなら、なおのこと。それがたとえ灰の鋼でも、俺でも変わりはしない。


 虫唾が走るほどの都合の良さは感じるが、それだけ選ぶ意義がある取引になっているはずだ。


 たとえ《《もう一度だけ》》オルビス評議会にとって「都合のいい駒」になったとしても。

 ――けれど、いや、惑うな、守りに入るな……受けない理由なんかないだろ? ここで刑の執行を待つのを選んだとしたら……最初から何のために首を突っ込んだんだ、アルデリオ。


 俺はそんなことを思案しながら先程から気になっていたユクスの豪勢な白銀徽章を眺めていた。するとそれを訝しむようにユクスが静かに語りかける。


「私には俗的な趣味はなくてね。評価する術も、ない」


 ユクスの言葉に、俺はわずかに肩をすくめて笑うしかなかった。

 ――俗的な趣味はない、ね。位階の証を……。まるで、自分はそれらを超越しているとでも言いたげだ。


 けれど俺もそうなりたかったんじゃないのか?僅かなボタンの掛け違いが、誰も彼もの運命を交差させていく。

 けれど。


 ユクスの豪勢な白銀徽章が、どうしても視界の端から離れない。金細工の曲線、その中心に埋め込まれた光る石。まさに選ばれし者の証のように、胸の上で傲然と光っている。


 いや、光らせているのだ。持つものと持たざるものを区別せんとするために。


「……そういえば」

 俺は、静かに問いかける。

「あのガキの名前、知ってるか」


 ユクスはわずかに瞬きをして、答えた。

「確か、ノクス……だったか」


 俺はふっと鼻で笑い、椅子の背にもたれかかった。そのまま、目を閉じる。視界を遮り、思考を整理するように。


 ノクス……か。

 ユクスは何も言わなかった。ただ満足そうに、薄気味の悪い笑みを浮かべる俺をただ黙って、沈黙を見守っていた。


 俺の心の奥底に、なにかが灯ったのを感じた。わずかな、けれど確かな炎だ。


「――決まったな」

 俺は呟いた。それが何に向けた言葉なのか、自分でもよく分からなかった。

 

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