第7話 Just a Pawn
ほどなくして、俺は薄暗い聴取室に押し込まれていた。
壁へと固定されたテーブルに椅子がふたつ。壁は監視には都合の良い仕掛け鏡と、剥がれかけた標語が一枚。
『秩序こそ、自由より尊し。――オルビス評議会』
白地に金文字。無機質な空気の中で、聞き飽きたその言葉だけがやけに主張していた。
鋭い光を放つ照明の下、扉が開いて足音が二つ。入ってきたのは一人だった。
「……ようやく、お出ましか」
俺が皮肉混じりに呟くと、白い装束を纏い荘厳なネックレスを付けた壮年の男が無言で近づいてくる。
ただのネックレスじゃない――。金細工が施された円環の中心に砂時計の白銀の徽章は位階持ちの証……大物だ。
え――? 金徽章が最高位だって? まぁ、出世に無縁な一般民衆はそう信じている。
だが俺の目の前で、評議会の重鎮それをあっさり否定する装いだ。光を反射しない冷たい白銀の徽章。事情を知るものは本当の証と呼んでいた。俺はニヤけた面を隠し切れたか、自信がない。
白銀は裏の秩序を示す。白銀を持つ者は、法をも超える。金徽章の官兵でさえ彼らの前では命令を待つ側に回るのだ。
「アルデリオ=シグマ。――ユクスだ。処分担当官への暴行および重過失の容疑で、君は拘束されている。本件は、正式な内部聴取として記録される」
「ここまでは良いね?」
「……!」
ユクス――ユーリ=クラウス。以前顔だけは見たことがある。オルビス監察局の重鎮評議員のはずだ。
評議会長カイザー=エルウッドとでオルビスの双璧と称されるくらい、有名人だ。
俺は背もたれに寄りかかったまま、口の端を吊り上げた。
「事情は全部、あの処分担当官の手記にでも載ってるんだろ? 聞く必要あんのかよ」
俺は椅子の背にだらしなく体を預けながら、天井を睨んでそう言い放った。
どうせ真実など言い訳にしか、捉えられない。自分の中で答えが定まらないまま、俺はただ居丈高な言葉だけを盾にした。
そのとき、目の前の男――ユクスが小さく溜息を吐いた。
「彼は重傷で、昏睡状態だ。君しか証言できる人間がいない」
俺は無言のまま目を閉じ、深く呼吸を吐いた。ユクスは言葉を選ぶように、一瞬沈黙の後尋ねてきた。
「何があった?」
俺は遠くを見つめながら呟く。
「……ただの自己満足さ」
言葉にした瞬間、喉の奥が焼けた感じを覚えた。ユクスはその言葉を聞いても、眉ひとつ動かさずに続ける。ひとまずあのガキのことを言うのは、控えないといけないからな。
「――彼の名はハイドン=クレーヴァス。組織の粛正部門で過去に処分した対象は数知れず。近接戦闘及び掃除のプロフェッショナルだ。組織でも極めて畏怖されている」
「通称灰の鋼、聞いたことくらいあるだろう?」
ああ……灰の鋼……確かに、ガラン時代からよく聞いた名前だが、あの程度の実力だったのかよ。
そして研究員殺しの真犯人は、そいつだ。だがすぐには切り出さない。まずは情報を値踏みしなきゃならないからな。
「誇張ではないよ、だからこそ我々は少し驚いているんだ」
「驚く?何に?」
「彼に重傷を負わせられるほど実力者であるはずの君が、こんな突拍子もないなげやりな行動をしたのは何故か――?」
ユクスはそう言って、俺をじっと見据えてくるがこっち側に目を合わせる気など毛頭ない。
「一体、何が望みなんだ?」
――その言葉の瞬間、俺は固まった。ついさっきまで拒否していた視線のぶつかりを受け入れ、蛇に睨まれたカエルのようにじっと見つめ合ってしまっている。
苦しみを紛らわせるかのように俺は目を瞑り、視界を遮断しながら答えた。
――コイツ、思ったよりも本質的な野郎なのか?
「……仮に投げやりだったとしても、アンタには関係のない事だ」
俺はそう嘯きながらあっさりと疑念を振り払おうとした。
「割りの良い報酬や、侮られることのない地位。効率的に生きるには、そのふたつが最低条件だろう?」
俺はこの暗澹たる空気を打破するべく、目を開けて要求を答えることにした。だが、できるだけ露悪的に。
なにせ、これ以上踏み込まれるのはあまり愉快じゃあない。
ユクスは静かに頷きながらぽつりと呟いた。
「具体的には……?」
と言ったので、俺は喝破するかのように言い放つ。
「俺自身がオルビスのある程度裁量のあるポスト、椅子取りゲームに勝利することとか! あんたのように、ね……。」
するとユクスは一瞬目線を逸らし、ひどく暗い表情で笑みを浮かべた。
「そんな良いものじゃないさ」
妙に説得力のある声色だった。座ってみなけりゃ分からない――そう言わんばかりの響き。
「……席はあっても、声をかけてくれる仲間がいなければつまらないものだろう?」
その言葉にはなんとなく、本音かのような重みがあったように思う。だが俺は目尻をわずかに引き締めながらうっすらと不愉快になった。
――そんなはずがないだろう。
オルビスという大組織の上層部にいながら、恵まれていないとでも――? それならば……一体俺は、何を、いや――俺は雑念を振り払う。
俺はしばらく暗い表情を続けるユクスを見つめながらいたが、次第にしびれを切らすかのタイミングで右手をユクスの前に差し出すような動きを見せた。
ようやく、ユクスは覚悟を決めたかのように口を開く。
「オルビスのエリート候補生で構成されたガラン部隊の生き残り……長いこと傭兵をしていたようだが、戻ってくる気になったか?」
その言葉に胸の奥がざわめく、あの記憶が呼び覚まされる。赤黒い過去の記憶が。




