第5話 格違いの傭兵
場の中央に立つ男は、銀徽章の兵士だった。
決して筋骨隆々というわけじゃない。高価そうに光る甲冑と、いかにも借り物の権威という虚勢で、中身の無さを着飾っただけの男に見えた。
だが、その目だけは獲物を値踏みする猛獣のように細められ、鋭いフリをしている。
(……こいつは……)
さっき、掲示板前で俺を鼻で笑った――あの吊り上がった口元の野郎だな。
「ガランの敗残兵が警備員募集など、笑わせるなよ。今や下働きしか出来ない薄汚い野良犬が」
兵士は威圧的な声をだして俺を牽制しようとする。暖簾相手にご苦労なこった。
けど――野良犬、か。まぁ……間違っちゃいねぇよ、飼い犬くん。
俺のそんな心を知ってか知らずか、野郎はわざとらしく剣を振り回し、床を鳴らした。挑発というより、群衆に見せつける芸だった。ここに群衆はいないが……癖は抜けねぇんだな。
まるで観客のいない劇場で紡がれているさみしい芝居だな。染みついて離れない虚栄心が、剣筋まで腐らせているのが見て取れる。
その様子は……見ていて痛ましい。
「へぇ。驚いた」
俺は雑念を振り払うためか、単純に不愉快だったためか嫌味にも上の立場から評価してやる。
「?」
「陰口しか、叩けない腰抜けだと思ってたんだが面と向かっても、言えたんだな」
俺は木杭の影から歩み出る。兵士の口角はさらに吊り上がった。
「……っ!舐めるなぁ!」
突進してくる銀徽章の全力の唐竹割り。
俺は剣を抜くことすらしなかった。ただ、腰に下げた長い柄の端を左手で軽く押さえ、鞘に収まったままの重い刃の先端を、奴の右足の軌道へ滑り込ませただけだ。
ただ……ちょっと慣れが必要な、それなりの時間を費やしたものだけが見抜ける急所を、俺は……見抜くことができた。
――ああ、面倒だ。次の刹那、俺は世界から音を消してやった。
ドォォン!!
奴の踏み込むおよそ未熟な運動エネルギーが、俺の剣の柄というテコを経由して、奴自身の胸ぐらへと暴力的に跳ね返る。
次の瞬間、奴の体は杭に叩きつけられていた。口から泡を吹き、眼球だけが白目を剥いている。当然、生きてはいるだろう。自分が敗北したという事実すら認識できずに、意識を飛ばしただろうが。
「ばーか……あんまり俺に攻撃みたいな真似、させてくれるなよな」
俺は冷徹に、しかしながら踏みつけることもせずに背を向けた。
◇◆◇
件の上階。監視窓の奥で、先程の白装束の男たちがそこには座していた。
「……なっ!?」
上階から見下ろしていた補佐官が、手すりに身を乗り出して絶句する。
「今、何が起きた!? 奴は剣を抜いてすらいないぞ! なぜ銀徽章が吹き飛んだ!?」
「……テコの原理だろう」
此処にいる誰よりも上位者らしい白装束の男は冷や汗を流し、その異形の剣を凝視していた。
「あの不格好な剣……あれは取り回しが悪いんじゃない。相手の攻撃のエネルギーを自分の力として変換するための、効率的な得物だ。おそらく彼自身の腕力はほとんどゼロで良い。ただ柄の端と相手の支点の急所を指で押さえただけで、強力な遠心力を生み出している……」
「馬鹿な! 実戦の速度で、急所を見抜いて針の穴を通す!! そんな神業ができる人間など……!」
ユクスの目が、戦慄に見開かれる。
(ふ……予想以上だよ、合格だ。アルデリオ……)
「ユクス卿……判断は?」
背後の補佐官が問い、少し沈黙の間が流れる。
「――愚問だよ。お為ごかしの煩雑な手続きなど、不要。さて、ハイドンとどちらが上かな」
「さすがに灰の鋼では相手が悪いのでは?」
「かも、知れんな」
ユクスと呼ばれた男の口元は孤月の形を描いた。
「しかし……危険すぎます。あのような男を内部に入れれば、秩序は……」
「それは、違うな。秩序を守ることを思うからこそ、だよ」
張り詰めた空気は未だ緩まることもない。
室内にはペン先が紙を滑る音のみが響く。それは公式的な署名であり、通達のためすぐさま補佐官が階下に降りて行った。
◇◆◇
扉が開き、人が現れる。俺は試験官のうめき声を背に廊下を歩いていた。
「合格だ。詳細は後日通達する」
銀徽章の補佐官が淡々と告げる。だが同時に感じるものがあった。何というか……壁越しに? 天井越しに? 誰かがこちらを見ている感覚が。
まるで瘧病みかのような……得体の知れない、誰かがこちらを値踏みしている気配。
「クソが」
こうして一日は終わる。成り行き任せとはいえ……言えることはただひとつ、賽は投げちまった。
あとはもう、オルビス評議会という胡乱な組織への率直な感情が漏れ出るばかりでだった。




