第45話 神殺しの審判(後)
「最大パワーだ! 跡形も残さん!」
カイエルの腕が広がった。瞬間、周囲の石片が球状に引き寄せられ、その中心で、奴の眼光の奥が黒光って燃え盛るを目の当たりにした。
「セレスティアごと……」
歯を噛み締める声。だがその奥に、どこか諦めにも似た嗤いがあった。
「二人まとめて、消し去ってくれる……! 今の私の知識ならば、残りの人間たちだけで充分に時の支配に辿り着けるはずだっ!」
カイエルの絶叫。
「消す……か」
口角が勝手に上がった。血の味しかしない口内で、ふと笑いが漏れた。
カイエルの空虚な絶叫が理解できたからだ。
……怖くない。剣を握る手は血で滑り、視界は半分。それでも、俺の内側にはふつふつと湧き上がる自信があった。
「時空の歪みを……限定的に再現できる……アンタの言う通り、未来や過去すら超越する力だろう」
俺は静かに呟いたが、目の前に広がる光景は異様だっただろう。
赤黒き重力球が複数、脈動し、まるで宇宙の胎動のように明滅していたのだから。
神サマよ……この光景が、宇宙の真実かい――?
その中心にいるカイエルの輪郭が、ねじれ、二重写しになった。
「――いずれはな……!」
俺は神だろうが何だろうがお構いなしに、現実を突きつけて、やりたかった。
「私は、選ばれし者! だから未来は……そうさ! 私のために、あるんだああぁぁ!」
重力球が収束し、全方位へ解き放たれる。空間が反転し、音が潰れ、赤い光だけが支配する。その中で俺は――呼吸を深く一度だけ、吸い込んだ。
「選ばれたって? 最期までめんどくせぇ野郎だぜ。良いさ……だったら――鏡を割るだけだ」
重力球が暴走する。カイエルの肩が砕け、皮膚が剥離し、血が逆流する。それでも奴は、未来の断片に縋り続けて止まろうとはしなかった。
「まだ……! まだ私には……視えている……はずだ……! あの時……妹を……見捨てた私が生き残る……唯一の……!」
妹? それが、カイエルを狂わせた原点だったのかもしれない。
――だが。
「……妹? 関係ないね! カイエル! お前の敗因を教えてやるよ!」
「……!?」
俺は血で滑る拳を、力任せに握りしめた。滴る液体を拭いながら最大限の機を伺うために。
「過去を乗り越えることができないアンタに、未来を掴むだなんて、到底無理な話だ!」
「未来なんて――アンタの様に視る必要はない、ただ――考えるだけで、それだけで……いい」
俺のその言葉に、カイエルは言葉を失っていた。
「未来は、時の矢が流れ続ける現在の連続だ。今を見ないお前は、はじめっから負けてるんだよ!」
◇◆◇
――(ふむ……君に分かりやすくあえて喩えるなら矢だと喩えれば、良いかな?)
――(矢?)
――(つーか、弓矢の喩え……合ってるか?)
◇◆◇
ち……弓矢の喩え……俺も使っちまったじゃねぇか――。
重力球の軌道――理解る。
カイエルの癖――読める。
クロノコアの歪曲波――感じる。
「あばよ、カイエル。鏡は割らさせてもらうぜ。今度は半分じゃ済まさねぇ……全部――な」
「何故未来に抗おうとするのだ! 圧倒的な能力を何故否定できる!? 貴様らが愚かだからだろう? そうさ……貴様ら凡人はこの私の領域まで到達できないからだろうがッ?!」
「全然違うね! 未来視という能力自体を否定したわけじゃねえよ! 自らの意志で生きていくことを決めた俺たちにとって、もはや未来視そのものが意味を失った、ってだけだ!」
とどのつまり……もう、あの頃の俺じゃない――大事なことは今、この瞬間を極限まで見るだけだ。その証明として、目の前の鏡像を割る必要があったというだけに過ぎない。
俺は迫り来る重力球の正面へと無防備に歩み出た。回避の計算も、生存本能も、すべてを放棄するかのように。
「……!? なぜ自ら死地に……ッ!」
カイエルが狼狽した、その一瞬。重力球の軌道が、ほんの数ミリ、不自然に逸れる。
「お前が計算できなかった変数は、信じるっていう一番非効率な無駄な行為のことだ」
――これで、サヨナラだ。
更に、一歩死線に踏み込む。
砂塵がスローモーションのように舞い上がる中、重力球の隙間を縫って、細剣の如く渾身の突きを繰り出した。
事ここまで至って俺が絶望して諦めるわけがない。「クロノコア」という完璧で括弧つきのシステムが、生存を放棄した人間の非合理な行動データを処理しきれず、演算に支障をきたすべく微小のバグやエラーを生じさせることこそが俺の真の目的だったのだ。
「なぁっ……!」
「ふざけるな……! このカイエルが死んで……! 世界は! どうなる?」
「どうにもなりゃしねぇよ、カイザー=エルウッド! ――多分、少しだけ……誰かが生きやすくなるだけだ」
次の瞬間、クロノコアが悲鳴を上げた。
――タイムリミット。重力球が逆流し、カイエル自身を押し潰す。
「ッ未来は……! 選ばれ……がァッ!」
骨が砕け、肉が捻じ切れるような音。磁場の様な丸い球体から光が完全に――消えた。轟音が遠ざかる最中、五感だけが異様に鮮明だ。
崩れ落ち、片膝をつく。視界は半分しかない。それでも――はっきりと見えた。泣き崩れるセレスティアが。
「アルデリオ……っ!」
駆け寄る足音。肩を掴まれ、ぐらぐらと揺すられる感覚。涙のしぶきが頬に飛ぶ。
「生きてる……よね……!?ここで……私だけ生き残るなんて!絶対に嫌だよ……!」
震える声。必死に俺の名を呼ぶ声。
俺はゆっくりと、片目を開いた。泣き顔が映る。
「……無事か、セレスティア」
その一言だけ。それだけで、セレスティアはさらに声をあげて泣いた。その声に、俺はかすかに笑った。
「未来、ホントウに見えるの……?」
「さて、な……」
かつては空白だった部分を埋めてくれるものを感じる。未来を信じず、孤独に怯えていた俺の世界は――決して半分なんかじゃない。
――ひとりじゃない、から。
倒壊した残骸の山に座り込んだ俺たちの上に、静かに灰が降り積もる。爆発の光も収まり、静寂だけが残る。それでも、その世界はもう――違っている。
新しい、世界だ。




