第43話【side:運命を識る者たち】
オルビス評議会――議長室にての一幕である。
カイエルは指先で筒状の新兵器を転がしていた。合図のように部屋の灯が一つ、また一つと落ちていく。
「すべて計画通りだ」と彼は小さく微笑っていたのであった。
「ヴァンダルが現われたんですって~? くわばらくわばらぁ、危機一髪だったんじゃないですか~」
――軽やかな声で笑ったのは、七位階の占術師エルネス。
「問題ない」
冷たく返すカイエル。
「簡単に始末できたよ、教授。この兵器は想像以上に使えるな。実にいい仕事をしてくれたね」
満足げに呟きながら、カイエルは大仰に手持ちの異形の筒を眺めていた。
「ヴァンダルが余計な真似をしたが、まあいいさ。信仰などという非合理なものに縋る奴の末路など」
教授はそれに薄く頷きながら言う。
「それは良かった。まぁ……セレスティアに未来を予知させた技術の粋ですから」
カイエルが顎を上げる。
「諍いの最中、地下の鳴動を感じたよ。それがクロノコア実験だろう? もっとも、それが原因でアルデリオは取り逃してしまったがな」
教授が淡々と補足する。
「だがセレスティアの未来視では、その傭兵の死は……見えているのでは?」
そこへ再び、エルネスが口を挟んだ。
「お手元の新兵器を使われたんでしょう~? 何か異変なんか感じませんでした~?」
カイエルが短く問いに応えた。
「異変? いや、期待以上の出来栄えだったよ、ああ……そういえば」
「君たちとの手筈通りに、右目を打ち抜いてやった。健気にも口を閉ざしてはいるが……セレスティアの様子を見る限り、どうやら実験場が最終地点といったところなのだろう」
教授が満足げに呟く。
「…………完璧ですな」
カイエルの唇に、隠しきれぬ笑みが浮かぶ。
「エルネス、案外……君にもすでに結果が、視えているんじゃないかね?」
「……!」
エルネスはわずかに間を置いた後、両手を軽く上げて笑い声を漏らす。
「……いえ~? 私の占術なんて、聖女様に比べたらあてになんか、ならないですからぁ」
その意味深な態度が気にならないわけじゃなかった。だがカイエルは肩をすくめただけにとどまった。
「まぁ……構わんさ。すでにセレスティアの未来視では、アルデリオ=シグマの死が見えているのだ。我々の『刻限計画』の礎として、聖女の目の前で始末してやる」
教授が眼鏡の奥でわずかに笑みを浮かべている、エルネスは気怠そうな声色で「錬金術の世代じゃなく、科学の世代に生まれてよかったですわぁ」とだけ追従した。
「……フ」
――カイエルが一瞬だけ何か思案し、失笑を零した。
(ケドぉ……)
態とカイエルの視線の外を意識して、エルネスの金色の瞳が三日月のように細められる。
(己の分を越えて、金貨を払えぬ時ほどぉ……負け札が配られるものなんですけど、ねぇ……? ――ミレイナ?
◇◆◇
「アルデリオ!」
突然の声に振り向くと、扉を蹴破るようにしてミレイナが駆け込んできた。顔は蒼ざめている。
「カイエルが……セレスティアを連れて、地下のクロノコア実験場に向かったらしいわ!」
「なに?」
「間違いない。あの教授どもが、刻限計画の最終段階を始める気よ。セレスティアの未来視を、実際に現実へと書き換えるつもりなの!」
その言葉に、アジトの空気が一瞬で凍りついた。ラッツが拳を握り、歯を食いしばる。
「……オイ、間に合うのか!?」
「仕方ねえ」
俺は立ち上がる。右目の奥が脈打ち、焼けるように熱を帯びた。
「セレスティアを取り戻す。あいつが見た未来を、俺たちで変えてやる」
その言葉に、ミレイナは一瞬だけ微笑んだ。
「……ようやく、信じる方に賭ける気になったのね」
「はぁ? なんでわざわざそんな言い方をするんだ」
俺の言葉にラッツが何故か嬉しそうに首を動かした。
「なら兄貴。今度は、全員でだ」
◇◆◇
アルカディア地下実験場――ミレイナ曰く刻限計画のために設計された秘匿区画。
聖堂の下にあるらしく、先刻の鳴動は実験によって引き起こされていたものだという。
俺たちが実験場まで辿り着くと、すでに巨大な塔のごとき装置が醜い唸りを上げ、蒼い光が渦と泡のような輪郭を描いていた。
空気が重い。酸素そのものが吸い込まれていくような圧迫感。
――これがッ!
「これが……クロノコア、か」
俺の思考とほぼ同時に、ラッツがハッとしたように呟いた。
「セレスティア!」
俺が叫ぶと、装置の向こう側――ガラスのプラットフォームの上に、カイエルと彼女の姿が見えた。
「間に合った……いや、間に合いすぎたか」
カイエルが鎮座する。
この不快感は……こんなもののために……!
「くだらねぇ不愉快さだ。間違った歴史の重ね方を含めてな……!」
「ハッ……! ソレは僻みだ、持たざる者たちよ! この力こそ、上位層の証明! 貴様らの絆とやらで、未来を変えられるか試してみるといい、指を咥えて管を巻くことしかできないのではないと証明して見せろ!」
「……言わずもがな……」
装置の中央が脈打ち始めた。鉄の床がうねり、音もなく、世界そのものが引き延ばされていくような
「重力が……変わってる!?」
ミレイナがわざとらしく叫びながら踏みとどまるが、髪が上方に引かれるように逆立つ。
「重力、だぁ……?」
その瞬間、空間が弾けた。
黒い球――否、光を呑み込む重力球が発生し、あらゆる物質を中心へと吸い込んでいく。
「ラッツ! ミレイナ!」
手を伸ばしたが、距離がどんどん歪んでいく。目の前にいるのに、掴めやしない。
「兄貴ィィ!」
ラッツの叫びが、ゴムのように伸びて途切れた。次の瞬間、轟音。世界が反転し、光がねじ曲がり、俺は膝をついた。
周囲を見回すと――もう誰もいなかった。
残されていたのは、ガラス越しに立つカイエルと、項垂れたセレスティアだけ。あいつ等を消し去ったというより、俺達だけ隔離した?
「……ッ」
「これで邪魔者はいない」
カイエルが薄く笑う。
「コレが重力を具現化した! オルビスの最高傑作だ!」
「重力だと? 刻限計画に何の関係がある?」
「光速とは未来に一方通行。過去に戻るには速度よりも、重力に鍵があると評議会は決定付けた! これの威力はさっき迄の玩具とは訳が違うぞ!」
(ユクスの受け売りによると……高ければ高いほど、時間の進みが早くなる、か)
「……過去や未来など、良い加減、夢を見る時間は終わりにしたいもんだ」
「貴様も、変えたい過去があったんじゃないのか? 今からでも間に合うのだぞ! アルデリオ!」
「その戻りたい過去を創造したのは、アンタだ! カイエル! それを知った今……交渉の円卓に着くことはねぇ!」
「……では真実を教えてやろうか」
「――あ?」
「すでにセレスティアは結果を見ているんだよ……アルデリオ、此処が貴様の死に場所だとな!」
「……!?」
咄嗟に震えるセレスティアを睨んでしまう。
俺は凍り付いた表情のセレスティアを目の当たりにして、確信した。僅かだが彼女の顔に走る震えが見える。目に必死に力を込め、涙を堪えようとしているのが分かった。
――総督府に着いてからの、あの無表情は違和感のための仮面だったのか。感情を閉ざしたフリ。カイエルの暴露は、その仮面の理由を現にした。
――(だが、セレスティアのあの目はどういうことだ? まるで急に、心を殺されたみてえじゃねえか)
――(シドの件で新しい未来視の更新があったと聞いた、それで心的外傷を受けて心を閉ざしてしまったのだろう)
「セレスティア……」
震えるセレスティアは両目をきつく結びながら涙を必死にこらえているように見えた。
――ギィィンン……聞き馴染みのない、まるでこの場を断罪するかのような兵器の怒声が、俺たちの世界いっぱいを支配していたのだった。




