第41話 何を、怯えているの?
カイエルはセレスティアを抱え直し、その光景を見て満足げに頷いている。そうして、床に転がる俺にとどめを刺そうとしていたその時。
「……待たれよ」
聖堂の入り口で、カイエルと俺の間に立ちはだかろうとする影があった。七位階の神兵長、ヴァンダル。
カイエルはヴァンダルを一瞥しながら叫んだ。
「ヴァンダル? まさか、この私に牙を剥くというのか! 七位階ともあろう者が、ユクスの理想論に毒されるなど……愚かな」
「否」
ヴァンダルは静かに首を振る。
「我が忠誠はただその御方にのみ存在する。私は聖女様を信奉する一兵の信徒」
「はは……!」
カイエルが乾いた笑い声を上げた。
「馬鹿な奴だ! 子どもの偶像を崇めるとはな! 沈黙を続けるだけのモノに、まだ祈りを捧げるなど、蒙昧の極み!」
「そうか」
ヴァンダルの声は、変わらず静かだった。
「……では、信仰ソレを無価値と断ずる貴方は――なぜ今、震えている?」
「ッ――」
カイエルの表情が、初めて凍り付いたのを俺は見逃さなかった。カイエルの指先が、微痙攣している。まるで説明のつかない恐怖に揺れているかの如く。
何か遠くの……そして不愉快な記憶を振り払おうとするかのように、奴が叫んだ。
「…………ほざけッ!」
ゴゴゴゴゴ……!
古びた聖堂の天井が、さらに大規模に崩落を始めた。 カイエルが武器を構えるよりも早く、ヴァンダルは動いた。そしてカイエルとの間にあった巨大な柱を、力いっぱいに蹴り砕く。まるで自らの「神」への信仰を具現化するように。
「何っ!?」
轟音と共に降り注ぐ天井の奔流が、カイエルと、俺たちの間を分断する。 視界は残骸の塵と煙に包まれた。
カイエルは、俺へと向けた筒先を、忌々しそうに下ろした。
「チッ……この崩壊は――!」
「どうやら、セレスティアの未来予知はココではなかったのだな! まあ、いいさ。死にたければ、追ってくるといい、アルデリオ。クロノコアの完成の前には君の生死など些末な出来事だ」
カイエルの声が、重なり合う破片たちの向こうから響く。もはや俺たちに興味を失ったかのように、その気配は遠ざかっていく。
ヴァンダルは、俺の方を振り返らない。ただ、迫りくる瓦の壁を睨み据え、静かに立ち尽くしていた。
奴は、俺を助けるために、時間を稼いだ……?
「――兄貴ィィィッ!」
崩れかけた壁とは別の方向から、声が響いた。
聖堂の破壊された側壁を、爆風と共に突き破って、ラッツが飛び込んできた。
「ラッ……ツ……?」
「馬鹿野郎! 突っ立ってんじゃねえ! ……マジかよ! その……目は!?」
ラッツは俺の惨状――潰れた右目と、動かない身体を一瞥し、顔を引き攣らせた。
「ミレイナの奴、こうなる前にカタがつくはずだったんじゃないのか! 問題のクソ野郎はどこだ!」
「奴は、逃げた……けど、セレスティアが……」
「逃げた? ははっ……! まぁ良い! 今はまずアンタが先決だ!」
聖堂が、今まさに全体が崩れ落ちようと軋む。ラッツは笑いながらも悪態をつき、俺の腕を強引に担ぎ上げた。
意識が、激痛と出血で霞んでいく。
(……ああ、まただ。また、俺は……助けられて……)
(……リナの時と……同じじゃねえかよ)
背後で、ヴァンダルが瓦礫に飲み込まれる音がした。ラッツが、必死の形相で俺を引きずっていく。
半分になった俺の視界が、完全に暗転する直前、俺を担ぐラッツの、必死な横顔だけが見えていた。




