第39話 計算外の刃
廃墟の教会へと辿り着くとそこには馬鹿に嫌な光景があった。血の海に沈み、かろうじて息をしているユクス。 そして、鎖で繋がれ、震える目でそれを見つめるセレスティア。
「ったく……早まってんじゃねぇよ!」
その光景に、不意を突かれて足が縫い付けられる。仲間を置き去りにして辿り着いた結果が、これだった。その時、散り積もった廃材の裂け目の向こう側から、一人の男がゆっくりと姿を現す。
それはカイザー=エルウッド。怪物、カイエルその人だった。
「ようこそ、アルデリオ。ここが君の英雄譚、最終幕の舞台だ」
カイエルは神経を逆撫でするかの様に、芝居がかった仕草で両腕を広げ、俺の眼前に広がる光景を指し示した。
「さあ、選ぶといい。君が新たに手に入れた人生の師か、あるいは、君があの場で私を喝破した大義の象徴か。君の合理性は、どちらを優先するのかな?」
「選択……? ふざけてんじゃねぇぞ……」
「ふざけてなどいない。人生は常に何かを選択し続けなければならず、そしてしばしば道を誤るもの……!」
「失敗は恐れを生み、恐怖は進歩を止める。わかるか、アルデリオ! 人類には恐怖の超越が必要なのだ!」
「それを実現するためには、過去の痛みを編集しなければならない。神ですら間違えるのだから、超越者たる私たちが修正する義務があるのだよ」
カイエルの言葉に俺は思わず目を見開きながら沈黙するしかなかった。
「君ならば、容易に計算できるはずだったのに」
落胆の色を隠しきれない冷たい声が、聖堂の瓦礫に響く。
「無知な群衆に自由を与えたままにすれば、彼らは必ず奪い合い、これからも無辜の命が無駄な血の海に沈む。だが、セレスティアというたった一つの部品をこのクロノコアに組み込めれば、その大勢を永遠の平穏へと導くことができるのだ」
「わずかな犠牲で、多くの幸福を買う。これほどまでに理にかなった『我々』好みの『割のいい取引』が他にあるかね?」
思わず俺は閉口した。
「フン! 何故黙る……? それが理解できるように育て上げたのだぞ! オルビスの体現者として期待して!」
「育て……あげた……だぁ?」
俺の疑問に触れることもなく演説は続く。
「だのに愚かにも貴様はソレを否定した! ならば! 改めてこのカイエルに示してみるが良い!」
冷徹なカイエルの一喝……そして二者択一、不自由な二択、正解など、ない。俺は奴の真意になど思いをはせることもなく、ただ必死に虹彩を揺らしながら頭の中を回転させていた。
――視界が震えがとまらない。
上手には――血に染まったユクスの身体。
下手には――鎖に繋がれ、怯えながらも俺を信じているセレスティア。
二人は、同時には救えないだと? 俺はもう、ガラン時代のような間違った選択なんてしてはならない。
「……許してくれ、ユクス――」
俺はセレスティアへ手を伸ばす、頭の奥で声が囁きやがる。
「世界を救うためだ」と。身勝手な支配者層の妄執によって、多くの人々や未来が犠牲になるわけにはいかないだろ?
……けど、何でこうなる? 俺はまた、誰かを見捨てて生き残らなきゃならないのか? そんな思考の刹那、耳を裂く轟音。見たこともない眩い閃光が、俺の視界を横切った。
――何だ、今のは。
散り積もった廃材の裂け目の向こう側、そこにカイエルが立っていた。間合いが遠く、攻撃される間合いだと思ってはいなかった。奴が今手にしているものは、俺の知るどんな兵器とも違う。武器だとも思わなかった油断。ゆらゆらと筒の先から煙が立ち上り、再びこちらに向けられる。
一瞬で、俺の計算を上回りそうな刃だと、直感した。
「やはり、お前はセレスティアを選んだな。どうやら賭けは私の勝ちのようだ」
「芸のないやつだよアルデリオ。確かに先の均衡の墓場ではしてやられたが、このカイエルをそう何度も出し抜けると思うか!」
冷たく、低い声が響いた。
「賭け……いや、それよりなんだその武器は……?」
俺は訳もわからず呟く、白兵戦なら誰にも負けない――はずだ。けれど、俺の計算外からの刃は預かり知る白兵戦ではない。
「オルビスの知恵の結晶だよ。未来を先取りした、新兵器さ」
未来? 俺はそれが何を指してるのか、すぐには察せなかった。
「そう、セレスティアの力を応用してね。素晴らしいよ! これでついに過去すらオルビスは支配できる……!」
カイエルは既に勝利を確信したかの様に、顔を紅潮させながら続ける。
「人類を進歩させるのは我々なのだよ! 選ばれた者だけが、明日へ進む。我々が選別する、ね」
「お前の合理性は、ほんとうに私にとって読みやすい――」
「似たもの同士なのかも知れないなぁ」
カイエルが口角を吊り上げだ時、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
「アルデリオ――ありがとう」




