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第38話 クーデター

 地下を出た後の冷気にさえ、俺の心は安らぐことがなかった。辺りは白々と明るく、夜明けの気配と泥の匂いが朝靄に混じり合っている。


「お前ら、何で助けに来られたんだ?」


 俺は自らが置かれている事態の整理のために問うた。


「俺は、ミレイナに呼ばれたんだ、ガリウスは怪我してガッツリ動けなかったから裏方に回ってもらってさ」


 ラッツが意外な答えをだす。


「――ミレイナ……?」


「ええ、お察しの通り、私はユクス様派の人間なの。護送任務で一緒になった理由も、私がお目付役を命じられていたから」


(……お察しの通り?)


 反射的な言葉に若干遅れて、俺の脳裏には雷鳴が走った。


 ――(発見してしまったので我々には報告義務が発生していますよ?)

 ――(でも戦力を無駄に分散することはないでしょう? 助けられるなら、助けたほうが良いと思いますが)


 そうだ……普段は帳簿なんかを抱えてる女の様子なのに、度胸は座っており手際も早い、だなんて思っていたじゃねぇか。


 と、いうことは。


 ユクスの告白の整合性はコイツが担保していたってことだ。つまり……俺はテストされていたのを知らずして、俺はその影をずっと警戒していたって訳だ。


「セレスティアは知っていたのか? ラッツたちは?」


「二人は関係ないわ、ユクス派は私だけよ、あなたの味方でサポート役なんだから、セレスティアも特段伝えていなかったのよ」


「疑われてもおかしくは無いけど、セレスティアが私に嫌悪感を表明しなかったことこそが、味方である何よりの証明でしょう? 第一、あの時は反オルビスの襲撃なんかもあったし、ね」


「……そうかい。なら、そろそろ外がどんな騒ぎになっているか、教えてくれるか」


「ええ、これを確認してくれる?」


 ミレイナが差し出したのは、一枚の内部閲覧用の報告書だった。そこには事態の切迫を物語るかのように、乱れた線が走り踊っていた。


「実はあなたの演説以来、官僚たちは評議会が強引に進めてきた刻限計画に対して不信感を日に日に増加させているの」


「穏健派だった方々も、聖女護持に傾ききつつあるわ。もとより神兵たちは、偶像崇拝者しかいないし」


「……好都合じゃねえか。機は熟したってことだろ、盛者必衰の理ってやつだ」


 俺の楽観的な言葉を、ミレイナは鋭い視線で遮った。


「甘いわ。カイエルがその状況を放置するはずがない。反オルビスなんていう不穏な連中も居るのだから、むしろ、この世論の傾きを利用するつもりよ」


「利用?」


「計画を前倒しにする気なの。聖女の能力を利用し尽くし、その犠牲を以て、抵抗勢力への見せしめにする……彼女は、カイエルの描く筋書きの最後の供物となる」


「はぁ? なんだと?」


 その時だった。遠くから、断続的な怒号が響き渡ってきたのは。


 アルカディアには似つかわしくない喧騒。さながら街の秩序そのものが、根底から崩れ始めているかのような。


「何が起きてやがる……!」


「ユクス様たちが動いているのよ」


 ミレイナが唇を震わせた。俺たちは音のする方へと走り出した。建物の影、崩壊した石山をいくつか越えた先で、俺たちはその光景を目にする。評議会の紋章をつけた兵士と、それとは違う、白い装束の兵士たちが斬り結んでいた。聖女派の主力――神兵だ。


「クーデター……正気か」


「そうでもしないとセレスティアは助けられない、あなたも強引に処分されそうになったでしょ。もう、カイエル主導の刻限計画の前倒しは始まっているのよ」


 そんな話をしている時だった。

 壁に寄りかかり、腹から血を流している若い神兵が、俺たちの姿を認め、か細い声で呼びかけてきた。


「あなたが……アルデリオ=シグマか」


「何があった。ユクスはどうした!」


「ユクス様は……我々を率い、評議会へ反旗を翻されました。セレスティア様を……お救いするために……! ですが、カイエルの手の者が……我々の動きは、筒抜けだったようです」


 神兵は苦しげに咳き込みながら、震える指で街外れを指し示した。


「ユクス様は……あなたに後を託すと……カイエルの目を掻い潜るため、祈りの間で、待つと……!」


 その言葉を最後に、若い兵士はがくりと首を垂れた。もはや、一刻の猶予もなかった。ラッツが舌打ちする。


「祈りの間?」 


「信仰のために作られた古い教会よ、セレスティアが聖女として組織に君臨することを嫌ったのか、今は廃墟だけど、ね」


「てこたぁ、クラウス卿は……一人で乗り込みやがったのか……!」


 ラッツが悔しげに吐き捨てる。


「行くぞ。カイエルを止め、セレスティアを救い出す」


「けど兄貴、どうやら教会までの道は、評議会の連中でごった返してるぜ!」


 その通りだった。教会へと続く道は、すでに評議会の強兵部隊によって固められていた。その数、目算で50以上。真正面から突破するには、時間がかかりすぎる。


「言う通り、数が多すぎる!」


「……アルデリオ、あなた一人で先に行ったほうがいいわ」


 ミレイナが、静かに、しかし力強い声で言った。


「何?」


「私とラッツで、ここを食い止める。彼らの注意を惹きつけて、あなたが突破する隙を作るわ。無茶は、あなたから教わったのよ」


 ミレイナの凛とした迫力に、俺は思わず押し黙ってしまった。


「……まじかよ」とラッツが悪態をつきながらも、俺の肩は強く叩かれた。


「……兄貴なら単騎で余裕だろ? 今は、俺たちを信じる番だぜ」


 二人の覚悟とその眼光、だが、その時の俺の心を満たしていたのは、感謝ではなかった。感傷に浸る暇はない。今大事なことは、一刻も早くユクスのもとに辿り着くことのはずだ。


「……分かった。足手まといの心配をしなくて済むのはこっちも好都合だ。その代わりといっては何だが……ユクスと合流しセレスティアは必ず、助け出す」


 俺が放った言葉に、二人が一瞬、固唾を呑んだのが分かった。


「死ぬなよ、二人とも」


 背後で響く爆音と仲間たちの叫び声を振り切り、俺は一人、ユクスが待つという廃墟の教会へと疾走した。

 ユクスだろうが、セレスティアだろうが、世界だろうが、過去に縛られた者共に支配されちゃあ、迷惑だ。

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