第34話 運命の反逆者
遥か高い天井の祝賀ホールに、乾いた拍手が響いていた。
壁面は金装飾を基調とした豪勢な飾り付け、中央の演壇を囲むように、都市国家最大組織オルビス評議会の委員や官僚たちが着席している。誰もが整った衣服に身を包み、笑っていた。
「本日はかねてよりの悲願の成就の前祝いとして、新たなる秩序の礎を皆様と共有できることを、誇りに思います」
壇上に立つのは、オルビス評議会の実質的指導者、秩序の番人、カイエル。
「……では、新たに末席ではあるが、今回特別に白銀徽章が与えられる英雄、功績者を迎えましょう。アルデリオ=シグマ、前へ」
会場の空気が、ほんのわずかに緊張を帯びた。
形式的な拍手の最中、俺は静かに席を立ち、壇上へ向かう。
視界の端で探す。……ユクスの姿がない。オルビスにおいて、カイエルと同格の存在のはず。
エルネスやヴァンダルは確認できる。顔がわからないだけで他のセブンフロアも集結しているのだろう。
だが、肝心の男はどこにもいない。壇上にも、群衆の中にも。
(……なぜだ?)
「アルデリオ」
カイエルが右手を俺の前に差し出す。
「会場は新たな仲間である君の声を聞きたがっている」
一歩だけ、カイエルは後ろに下がる。
大勢の前に立ち、俺は思った。
この瞬間のために、どれだけ飢えた?
この地位のために、どれだけ人を殺し、踏み越えてきた?
――だが。
俺は広間の奥にまで届くよう、ゆっくりと言葉を紡ぎはじめた。
「アルデリオ=シグマです。私は、貧しかった。何も持たず、蔑まれ、道具のように扱われてきた私がこの徽章を授かって初めて“認められた”気がします」
粒だつセンシティブワードがあっても構わずに万雷の拍手が起きる。――が、それは誰も真剣に話を聞いていない証拠だった。
「だが、問いかけたい」
拍手が鳴り止まない。いつまでも……いつまででも……浴びていたいほどの。その瞬間、世界中の人々が俺を称賛して憧れているように感じられた。
「その犠牲を……少女一人が苦しむことに、誰も疑問を抱かないのですか?」
会場の空気が変わる。低いざわめきが波紋のように広がっていく中で、一部はまだ称賛の笑みを浮かべている。
「我々が向かっているのは、未来でも希望なんかでもありません」
静寂が会場に走る。カイエルの眉間にはすでに皺が寄っていた。
「アルデリオ、そこまでだ」
カイエルの制止を無視しながら続ける。衛兵たちが即座に動こうとする気配がしたが、それを制したのはカイエル本人だった。
まだ泳がすつもりではあるらしい。引き返すつもりなど、さらさらないが。
「少女を犠牲にしたその先へあるものが……」
「もしそれが秩序というなら、私はもうここに立つことを選びたくありません」
焦燥したカイエルの様子を見て、もっと周囲がざわめき始めた。
「いや、俺らしくない、な。はっきり、言わなきゃならないんだ」
――この俺の感情は出来るだけ正確に言葉に紡がなければいけないのだから。
「今のオルビス評議会など、過去の妄執に囚われたゴッコ遊びの老人会に過ぎない」
「いい加減、理想に向かう者の足を引っ張ることをやめて、現実を直視したらどうだ?」
会場のざわめきは、瞬く間に騒然と変化する。
カイエルは、鬼の形相をなんとか無表情に見せようと苦心はしながら、一歩だけ前に出た。
結果的に、それが命令となった。
拘束具が腕を締めつける。抵抗しても良かったのに、俺は静かに膝をついた。
セレスティアの立場がこれ以上悪くならないためには、大人しくした方が賢明だと判断したからだ。
「何を言うかと思えば……全く……彼女に感情があったところで、それが君に何の価値をもたらす?! 彼女は君に富や名声をもたらすことなどない。その逆はあってもな!」
「……」
「愚かな選択をしたな、アルデリオ。その先に待っているのは深い後悔だけだと言うのに」
カイエルは不愉快そうに口の端を吊り上げて言った。
「オマエもユクスと同じだ――」
その発言……ユクス、やはり何かがあったらしいな。
そんな思案を巡らせていると、カイエルに一拍の沈黙があった。
そして奴の口から本当に微かな声が漏れる――ルシア――選ばれたものだけが――と。
沈黙に意味不明の独り言、意味は分からなかったが何かが奴の琴線に触れたのは間違いがなかった。そのことを証明するかのように、すぐに沈黙は切り裂かれた。
「一体、何が可笑しい?」
カイエルが言った。可笑しい? そうか……俺は笑っているのか。
周囲の人々も凍りついており、満足げに笑みを浮かべる俺に対して、例える言葉を持たなかった。
俺は満足げに笑みを浮かべ、その凍てついた空間の、まさに非の打ち所のない眺望をただ、噛みしめていた。
セレスティアの虚無的な目の記憶を思い浮かべる。この地位を受け入れるってことは、セレスティアのみならず、誰かの尊厳を犠牲にして生きていくってことだろう。
――(おれなんて……ただの駒だって。あいつらにとって……おれは……おもちゃだったんだ)
俺は、シドの最後の言葉を思い出す。シドは過去に選ばれたと信じ、位階に縋り付いた結果、過去の妄執に囚われ、組織に利用されたまま死んだ。
カイエルの手から渡された白銀の徽章は、俺をシドと同じ「都合の良い駒」として永遠に固定する鎖だ。
シド……俺がこういう結末になって、満足かい?
「…………人を――信じるってことが……本当に捨てたもんじゃないのならば」
どこかで聞いたようなフレーズが口から出る。
「本当に管理すべきは感情ではなく、己の心に巣食う臆病な小心さだ。カイザー=エルウッド評議会長」
俺が求めていたはずの初めての地位と名声。
皮肉なことに――今の俺にとっては、最も必要ないものだったらしい。
お疲れ様です、作者のふーじ。です。お待たせいたしました!
といいますか……ここまで、非常に長い説明回に耐え抜いていただき、本当にありがとうございます!
祝賀会での反抗はこの作品を作るにあたって、かなり思い入れのある話となりました。構成の教科書に於いて、いわゆるパーティやレセプションはターニングポイントに絶好の場面のようですね。
本話のイメージは「ヒカルの碁」です。作中なかでも好きなシーンの上位に入る北斗杯でのレセプションを念頭に入れて創作しました。
あそこでヒカルと高永夏の対比が決まることによって痺れるシーンとなっているんですよね!
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では、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。




