第33話 運命交差点
俺とユクスが言葉を交わしてから、叙勲授与式が開かれるまで、実に数週間の月日が流れた。
「英雄」アルデリオ=シグマ。
そう呼ばれるようになった俺には、総督府の一角に豪華な居住区画が与えられた。
塵ひとつない街を歩けば、誰もが感情を殺した顔で俺に道を譲る。
ユクスの言葉が頭から離れない。この完璧さってやつに、息が詰まりそうだった。
そんなある日、庁舎の渡り廊下で、偶然セレスティアの姿を見かけた。
白い衣をまとった彼女は、数人の文官に囲まれ、歩かされている姿はまさに人形のようだった。
瞬間、目が合った感覚を覚えた。
だが、その目の光は旅の終わりで見た時よりもさらに暗くなっており、俺が誰かすら認識していないかのような、完全な虚無が広がっていた。胸を少しだけ締め付けるものがあった。
だが気のせいか、セレスティアの視線が少し揺らいだ気がしたのだ。それはほんの一瞬だけで、虚無に戻った……が俺の心にはかすかにその光景がいつまでも染みついた。
数日後、俺に割り当てられた補助官が、他の役人と話しているのを耳にする。
「知ってるか? ユクス評議員の派閥の姿が見えないって噂だぜ」
「なに? そういえば確かにここ数日、見かけた記憶がない、が」
◇◆◇
ガキの時分、俺は――貧しかった。何も持ってなんかなかった。
飢えと蔑みに晒されながら、それでも前を向かねば死んでしまう。剣だけが、俺を人間のように見せてくれる唯一の道具だった。
あいつらを失った後の『ガランの傭兵』なんて肩書きは、俺にとってただの侮辱でしかなかった。ニューカイロスという都市国家の門前で、命と引き換えに小銭を拾う――そんな俺を人は蔑み、笑った。
けれど、それでも強さや金貨に縋った。そうでもしなければ、自分は誰なのか、あいつらが生きていた事実を証明できなかったからだ。
オルビス評議会の連中たちは、そんな俺を「道具」としか見ていなかっただろう。
境界や徽章の外で血を流す傭兵に、名前など必要ない。
生きるのに必死だったよ。だからこそ、社会の勝ち組に憧れたんだ。
けれども当時甘かった俺は、社会は成功を積むほど……人間として価値を積み上げられる構造なのだと、信じきれはしなかった。今思えば……弱者を踏み台にしても、階段を登り続けることが唯一の正しい理論なんじゃないのか?
とどのつまり――俺には向いていなかった。
一念発起しての、OFAPへの参加。通称ガラン部隊での手痛い敗北。赤黒い爆炎のトラウマの獲得。
腐りに腐りきった生活の終に……俺は護送者となる。
少女ひとり運ぶだけで、地位が得られる。
その報酬の破格さに、逆に不気味さを覚えたが、それすら考えないようにした。
ただ――這い上がりたかったんだと思う。
セレスティアの護送任務。シドとの因縁の決着――。
命懸けの、決して楽な道ではなかったけれど、俺はそれを完遂した。
そして、ようやく今日俺が主役の叙勲授与式が開かれる。
「君のような人材を、もっと早く迎え入れるべきだったのにな。我々は」
その声の主は、カイザー=エルウッド。通称「カイエル」
オルビスの実質的な指導者。
かつてはともに理想を掲げあったという、ユクス曰く親友。
だが今の彼は――秩序という名の外殻に籠る、あらゆる感情を切り捨てた妖怪のような存在だった。
見る限り冷たい眼差しの内側には、人間的なものの温度は欠片も感じられない。
「地位は、与えられるものではない。自ら勝ち取り、貢献によって認証される。――君は、それに値した仕事をこなしたのだよ」
その言葉に、俺の過去の渇望が、すべて肯定された気がした。
だが同時に、何かひっかかりが……俺の心には焦燥感が残る。その報酬が、彼女だったからだ。
セレスティア。
はじめ、出世目的な俺にはそれを手助けするトロフィー、荷物にしか過ぎなかった。
シドを倒してからのその姿は、以前の彼女とは違っている。畢竟、俺の任務なんて、救出ではなく献上だったんだ。
「何か悪いことを吹きこむ輩もいるだろうが、忘れてしまうんだアルデリオ。君の地位は約束されている」
カイエルは慈愛に満ちたような、優し気な声で言葉を紡ぎ続ける。
「人類はしばしば感情で判断を誤る生き物だ。だから我々は、その感情すら管理しようとしているのだよ」




