第31話 デウス・エクス・マキナ(前)
「おめでとう、アルデリオ。オルビスの英雄、未来の評議会長」
芝居がかったユクスの追従に俺は顔も上げず、わざと皮肉を込めて応じる。
「思ったよりは骨が折れたぜ、誰でもできる仕事じゃなかった。報酬は弾んでもらえるんだろうな」
「……報酬の前にひとつ、君に嘘をついていたことを謝らなくてはならない」
「――何?」
俺が顔を上げると、ユクスの眼差しには評議員としての自信ではなく、深い疲労の色が浮かんでいた。
「護送任務はただの時間稼ぎの囮作戦にしか過ぎなかった。セレスティアを一時的にカイエルから引き離すための……な」
「……囮、だと? 意味わかんねえな、こんな回りくどいことをせずに、はじめから遠くへ逃がせばよかっただけだろ?」
「私は評議員だ。直接手を貸したと知れれば、それで終わりだ、だから表向きの理由が必要だった」
「終わり……? 位階を超える人間が、そんな立場が弱いとは思えねえが」
「それだけカイエルが傑物ということだ。私が必死に彼を説得する、その時間を稼ぐ必要があったのだよ」
ユクスは一度言葉を切り、何かを悔いるようにして目を泳がせた。
「まぁ……カイエル自身、シドの件もあって、獅子身中の虫をあぶりだす必要があった。結局は失敗したがね」
「カイエル……ねぇ。なるほど、議長サマも裏切り者の粛清にご執心だったわけか」
「…………そのシドに情報を渡したのは私だ」
「……何だと?」
俺は思わず腰を浮かせた。椅子が軋み、その音が却って緊張感を増幅させる。ユクスはそれを手で制して、告白を続けた。
「評議会の任務を餌に、敵を欺こうと……彼をスパイに仕立てたのは、私の誤算だ」
「利用するつもりだったが、それが逆に彼の恐怖を煽り、暴走させた。結果的に、私がシドを怪物にしてしまったのだ。だからこそ……君たちも危険に晒すことになって済まない、アルデリオ」
俺の反応を待とうともせずにユクスは延々と長大にまくしたてる。
「君の能力は以前から把握していた。だが、君をこの任務に組み込むための準備は、君がオルビスの門を叩くずっと前から進めていたよ。セレスティアをカイエルから引き離すこの囮作戦は、数ヶ月前から私が水面下で進めていた『刻限計画』阻止の第一歩だったからね」
「シドに情報を渡すのも、カイエルの監視から目を逸らすため。君が来るまで、私は適任者を探す必要があったが、君がいとも簡単にハイドンを打ち破り、その場で決着したのを見て確信を得たのだ」
「ハイドン=クレーヴァス、彼はヴァンデルの部下であり、カイエルにとって使いやすい駒だ。シドが囮として遺体を利用したことは、私の情報提供の範疇であり、ハイドンが任務の途中で反オルビス派の犯行に見せかけて死ぬことは、囮作戦の成功率を高めるために織り込み済みだった」
「……」
(あの不自然な灰の鋼の死体はそういうことかよ、まったく哀れな野郎だ)
俺は無言でユクスを睨みつけた。
「アンタ……一体何がしたいんだよ。結局、俺にとって敵か、味方か?」
ユクスの沈む視線がもう一段階、揺れた。
自分自身に言い聞かせるように力なく音を零す。
「……アルデリオ、私もずっと迷っていたのだよ」
「とてもお粗末で苦肉の策だった。評議会の監視をかいくぐるには、表向き任務に見せるしかなかった。記録と責任を伴う護送なら、少なくとも途中で手を出せる者は限られる」
ユクスは窓の外に目を向けた。その横顔には、長年の同僚?あるいは友?への情と、組織の指導者としての絶望が刻まれている。
「カイエルは、私の長年の親友だった。彼が理想を掲げ、この秩序を築き上げるのを、誰よりも近くで見てきた。だからこそ信じたかった。彼の……」
「やり方は……たとえ非情であっても、世界の救済に繋がると」
「さっきから強い名前を振りかざしてはいるがよ。結局は……」
カイエル、オルビス評議会の首魁の名前。その不穏な雰囲気に連続して、ユクスが口にした救済という言葉は、自分自身への言い訳にも聞こえ部屋の空気に微かな腐食を撒き散らす不快さがあった。
「刻限計画だっけか? その計画の正体は何だ? 時間を支配するだと? アンタはすべて知ってるんだろう?」
俺は椅子の背に爪を押し込みながら、吐き捨てるように言った。興味というよりは、苛立ちに近い問いかけだ。
「……その通りだ」
ユクスは静かに頷いた。
頷きにはやたらと重みがあり、頭を下げたときに首筋の筋が一本、浮き上がるのを見る。
「そこなんだよ――気になるのは、そこまでこだわる過去ってなんだ? 俺だってそこに興味があって、ここまでやってきたんだ、全部教えてくれよ」
言葉の先に、俺の報酬への欲望と好奇が混ざる。それを知ってか知らずかユクスは一瞬、目を細めながら口を開いた。




