第29話 暁の残月
夜風が素顔を晒し、視界が澄み、音が研ぎ澄まされる。
「……シド。お前を倒すことでしか、俺は俺を終われない」
「ひひ、ほんきをだすか! アルデリオ! だがもうおそい」
シドが歓喜に顔を歪ませ、再び突進してくる。だが、もう押されない。
シドの動きが、徐々に粗くなった。
拳の重みは変わらないが、息遣いが荒い。剣筋にわずかな緩みが混じり、連撃の間に一瞬の隙が生まれる。
――スタミナ切れ。
奴の力の源泉は膨大な膂力だが、持続できるものではないということだ。なら、もう怖くない。
「頑張りすぎだな、お前の新スタイルなんて、しょせん中途半端な付け焼刃だったんだよ、シド」
「いってくれたな、ならばこれならどうだ!」
「来い、シド。お前にとっちゃあ全身全霊の一撃なんだろうが、俺には、通用しない」
「ひひひ」
俺は深呼吸ひとつで腹の痛みを押し殺し、シドの次の突進を待ち構えた。
拳が迫る。剣が振り下ろされる。その瞬間、俺は後退ではなく前に出た。
奴の剣閃を、俺は紙一重で潜り抜ける。続く鉄拳を、剣の腹で受け流し、逆にその勢いを利用して奴の体勢を崩した。
奴の攻撃の空隙に踏み込み、スタミナ切れで遅れた一撃をすり抜ける。全体重を剣に乗せ、渾身の一突きを叩き込んだ。
「ばかな……このチカラをもってしてもアルデリオにつうようしない?」
「終わりだ、シド!」
「きえろ!」
シドが体勢を立て直し、拳と剣による怒涛の連撃を繰り出す。俺は燃え盛る建物の壁を蹴って跳躍し、煙に紛れ、奴の死角へと回り込んだ。
「うしろだ!」
反応は速い。だが、俺の狙いはそこではない。俺が放った斬撃は、シドではなく、奴の足元の底石を砕いた。
「なにぃ!?」
バランスを崩したシドの体に、一瞬、硬直が生まれる。
――好機。
俺は奴の懐、がら空きになった胴体へ、全体重を乗せた剣を突き出した。
ゴッ、と肉を貫く鈍い感触。
「が……はっ……」
シドの動きが完全に止まる。俺の剣は、奴の体を深々と貫いていた。
「アルデリオ……まさか、ここまでとは、ねえ」
「シド、俺ももうあの頃の俺じゃねえよ、だけど」
俺は血に濡れた剣を引き抜き、力なく崩れ落ちるシドを見下ろした。
「……お前、いったいなんでこんなことになっちまったんだよ」
シドの体は、俺の刃に縫いつけられたまま痙攣していた。だが、その目はまだ死んでいなかった。
濁った眼球がぎょろりとこちらを向き、唇が震え、言葉を押し出そうとする。
「……アルデリオ……」
俺は反射的に剣を押し込んでも良かったが、すで抵抗は弱々しい。もう戦う力は残っていまい。
それに、奴の声は確かに……俺を引き止めた。
「おれは……えらばれたんだって、おもってたんだ……」
その一言に、胸の奥がざわめいた。選ばれた? 何を言ってやがる。
「いきのこってことで、いかいにはいったことで、じぶんのちからをかしんした……」
言葉の切れ目ごとに、喉から血が泡のように弾け飛ぶ。
「だってセブンフロアってすごいだろ……? おれは……はじめて……だれかに……みとめられた……きがしたんだ」
虚勢とも自慢ともつかない、歪んだ笑みが浮かぶ。
その笑顔が、俺の胃の奥を冷たくえぐった。
「……でもな……」
そこでシドは、急に視線を落とした。
「でもすこししらべていくと、へんだと、わかった」
「変?」
「おれがガランだったきろくがけされていた、それでぎもんにおもったんだ」
「……」
確かに、そこは俺も変だと思っていた不審な点だ。
「おれなんて……ただのこまだって。あいつらにとって……おれは、おれたちははじめから……おもちゃだったんだよ」
俺は息を止めながら、毛布か何かを丸被りたくなるほど芯を冷やした。裏切り者じゃない? だったらこいつも被害者だってのかよ?
「バカだったよなあ、だって……だれかにひつようとされるなんて……はじめてだったんだから……」
砂利に広がる血溜まりが、炎の光を反射して赤黒く光っていた。その中で震えるシドの姿は、もはや戦士でも、怪物でもない。
「シド、一体何だったんだ?お前を苦しめていた原因は、やはり評議会にあるってことなんだな?」
俺は目を逸らせなかった。騙されて、利用されて、それを喜んでいた。それはあまりに愚かで、だが――理解できてしまう弱さだった。
「いまおもえば、アルデリオ……おれは……おまえがうらやましかったんだ……」
奴の視線の奥は、炎に照らされて濁りながらも、どこか子供のように透き通っていた。
「おまえは……いつだってなかまをみちびいて……つよかった。でも……おれはちがった……」
心臓が、一瞬止まった気がした。俺だって同じだぞ……。
仲間を失うことに怯え、不信に逃げ、効率だけを盾にしてきた。違うのは、シドはその恐怖に呑まれ、俺は恐怖を、無視し続けられただけだ。
俺は血で濡れた拳を握り締めた。
もしあの時――そんなものは仮定に過ぎない。だがその仮定が、氷のように胸を締め付ける。
俺はシドを止められなかった。いや、止めようとすらしなかったじゃないかよ。
視線が絡む。奴の眼は血に濡れてなお、曇ってなどいなかった。
「……セレスティアのちからを、しってるか……?」
その名を聞いた瞬間、心臓が強く跳ねた。
「……なんだと?」
「それを……きいたとき……おもったんだ……」
シドの声は震え、笑いとも泣きともつかぬ色を帯びる。
「――もしかしたら、かこに……もどれるんじゃないかって」
言葉が刃のように胸を裂いた。ソレって……それって。
「……過去に?」
「そうだよ……。おれは……もどりたかったんだ……。あのとき……なにもできなかった……おれを……やりなおせるって……」
シドの目の奥には、未だ炎が灯っていた。
「そうおもったら……いままで……くすぶってたかんじょうが……いっきに……あふれたんだ。おれは……えらばれたって……そう……かんちがいした」
奴の指が震えながら俺の服を掴む。
「アルデリオ……おれは……うらぎったわけじゃない……ただ……すがったんだ……」
そこでシドの声は途切れ、血が喉を塞ぐ。俺は思わず身を乗り出した。
「シド! 何を言おうとしてる!」
「きをつけろ、アルデリオ、ほんとうにキケンなのは……」
奴の唇がかすかに動き、掠れた言葉が漏れる。シドはもうほとんど息をしていない。だがその目だけは俺を刺し貫く。
言葉がぷつりと途切れ、シドの手から力が抜けた。
赤黒く染まった砂利に落ちるその音が、短くぴちゃ――とだけ響いた。
お疲れ様です、作者のふーじ。です。
一応中弛みのファンアンドゲームは終わりました。構成的には長くなるのは仕方ないのですが、中弛みになってしまっては本末転倒ですよね。
一応少ないながらも最新話まで読んでくださっている有難い方は居るようで、本当にありがとうございます!!
では、このあと34話が私的な推し、もとい書きたかった話なのでそこまでお付き合い頂ければ幸いです。




