第27話 蹂躙の流儀
俺が街道に降り立った瞬間、戦場の空気が変わった。
恐怖と驚愕。ふたつの感情が、ラッツに群がっていたならず者たちの顔に浮かぶ。一昨日、彼らの仲間をまとめて叩き潰した、仮面の傭兵の登場。奴らにとって、死神の到来に等しかったのかも知れない。
「ひ……!」
「ば、馬鹿な! なぜこいつがここに!」
動揺が伝染し、一瞬、ラッツへの攻撃が止む。その好機を、俺が見逃すはずもなかった。
地面を蹴り、懐に潜り込みながら、腰の片刃剣を引き抜いた。閃光が走る。俺は仮面の影から獲物を一瞥すると、敵が振りかぶるより早く、一人、また一人と。
刃先から飛び散る赤滴が地を刻む。数秒後には、雑魚を蹴散らす風圧だけが残った。
「ほえ?」
風圧に紛れて誰かの間抜けな声が聞こえた。
俺がすでに、敵の集団を駆け抜けた後、ゆっくりと剣を鞘に戻すと、背後で3つの肉塊が崩れ落ちる。誰も何が起きたのか理解できていまい。残った者たちが、ありえないものを見る目で俺と、首から血を噴き出す仲間たちの骸を交互に見た。
「あ……あ」
「に、逃げろぉっ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げていく残党には目もくれず、俺は呆然と立ち尽くすラッツに向き直り、その肩を無遠慮に掴んだ。
「ア……アルマ……」
「いつまで突っ立っているんだ、お前の感傷に付き合っている暇はないんだぞ」
「な、なら……なんで、助けたんだよ!あんたは、あの街に興味なんか……ないんだろ?」
ラッツが絞り出すような声で問う。揺れる瞳には、まだ状況を整理しきれない混乱と、わずかな期待が揺らめいていた。俺はその両方を、冷酷に断ち切る。
「ああ興味ないさ、別にお前を助けたんじゃない。お前のその馬鹿げた激情に、利用価値を見出しただけだ」
「利用……価値……?」
「そうだ。お前は夢が、原点がどうと言ったな。俺が、その意気を買ってやる」
俺はラッツの肩から手を離し、親指で馬車の方を指し示す。そこには、固唾を飲んでこちらを見守るガリウスとミレイナ、そして静かに俺を見つめるセレスティアの姿があった。
「戻れ、ラッツ。そして、セレスティアを守れ。今この瞬間から俺が戻るまで、セレスティアを死ぬ気で護衛することが、お前に課せられた最重要任務だ」
「は……? いや、それはあんたの役目だろ! それに、あんたはどこへ行く気だ!」
「決まっている。――蛇の、頭を潰しに行くんだよ」
俺は仮面の奥から、オルフェインの街を覆う黒煙を睨みつけながら、続けた。
「この騒ぎの首魁はシド=ヴァロン、俺の元同僚だった男だ、俺と奴には浅からぬ因縁がある。ここ数日の襲撃は半分くらいそれが原因で起きたようなもんだ、お前のお察しの通り、俺はお前たちを巻き込んでしまった側なのさ」
ラッツは神妙そうな面持ちで呼吸を止めている。
「だから……それを解消するためにも、奴を討つ。俺が奴を討ち、お前はそれが終わるまでセレスティアを守り抜く。これは取引だ。お前の原点とやらを守りたければ、今度はお前が俺を信用しろ」
それは、金徽章アルマから銀徽章ラッツへの命令でもあり、俺という個人から一人の男への、信頼の証だった。ラッツは目を見開き、何かを言おうと口を開きかけて……やがて、その唇を強く結んだ。
「……わかった。お嬢ちゃんは、俺が命に代えても守ってみせる」
「セレスティアは絶対に総督府へ届けなきゃならない、お前を見込んだ、俺が戻るまでの間。頼んだぞ」
短く言い残し、俺はラッツに背を向けた。
「旦那!」
ガリウスの悲痛な声が飛ぶが、俺は振り返らない。
戦火と悲鳴が渦巻くオルフェイン市街へ、ただ一人、足を踏み入れる。夢を踏みにじられ、絶望に染まった亡霊は、俺一人でいい。
ラッツ。お前は、お前の夢を捨てずに、守るべきものを守り抜くがいい。
◇◆◇
市街に踏み入れた途端、灼けるような熱気と血の臭いが押し寄せた。逃げ惑う民衆の悲鳴が耳を突く。
路地を曲がると、セブンフロアの軍勢、本隊が見えた。
「アルデリオ=シグマ! 何故まだオルフェインにいる?!」
ヴァンデルの大剣が敵兵を薙ぎ払い、エルネスが指揮杖を突き立てていた。どうやら市民の避難路を確保している最中に出くわしたようだ。
「シド=ヴァロンはどこだ」
俺の単刀直入な問いに、エルネスが答える。
「……中央区の旧監獄が怪しいんじゃないかしら~。シドはオルフェインの有力者と繋がり、評議会内部の反オルビス派とも通じてそこを拠点にしている可能性が高いわぁ」
ヴァンデルが忌々しげに付け加える。
「奴の狙いは聖女様なのだろうが、攪乱が功を奏して引き離すこと自体には成功したらしいな。位階の頃のように拳闘士スタイルだけじゃなく、現在は剣も使うのを確認している、部下も多数死んだ。行けば戻れんかもしれんぞ」
「……構わん。俺の過去は、俺が片をつける」
そう言い捨てて踵を返す。二人が何かを言う前に、俺は再び地獄の奥深くへと駆け出していた。




