第24話 燃え盛る運河
あれから、一夜が明ける。俺たちは朝早くにオルフェインを出発し、現在海沿いの峠道を移動している途中だ。
雨に洗われた路面はまだ湿っていて、街の隅々に残った水たまりが鈍い光を跳ね返していた。馬車の車輪がそれを踏み潰し、一定の規律で体を揺らす。
俺は仮面を直し、背もたれに沈む。眠れたはずもない。胸の奥で燻る熱は、夜が明けても消えていなかった。
前に座るミレイナとセレスティアは黙ったままだった。窓越しの光を受けても、その横顔は硬いままで、昨夜の柔らかさは微塵も残っていない。代わりに、ガリウスの大声とラッツの悪態が、馬車の中にぎこちない活気をもたらしていた。
アルカディア総督府――オルビス評議会の総本部、中枢都市。
俺が求めてきた「位階」と「金」が手に入る最終地点。心の奥底でガラン部隊の亡霊さえ、蘇らせられる可能性すら……期待している俺が、確かに存在した。
馬車は揺れ、総督府へ向かう道を進んでいく。
――その瞬間だった。
一同は突然に地平線の向こう側、オルフェインの運河から火柱が上がったのを観測する。
街の連中は祭りの派手な演出とでも思うだろうが、いまやオルフェインの地は、刻限計画の陰謀の中心地と言って過言じゃない 。
俺は思わず直感した――シドが動きやがったんだ。
「おい、あれ……戻ったほうがいいんじゃねえか?」
「ただ事では、ない雰囲気だな。どうする、アルマの旦那」
ラッツが窓枠から身を乗り出して叫び、ガリウスが俺の顔色を伺う。
「無視して良い。派手好きな運営による祭りの演出だろう。どうせ出来レースの茶番だ、くだらん」
俺は精々興味なさげに放言した。金章祭の裏側を知る者にとって、あの舞台には何の価値も見出せないという演技を装った。
「……! そうかもしれねえよ! けどな……!」
ラッツが、やり場のない怒りを込めてそうな雰囲気で振り返ってくる。
「それでも、あそこで流れてる夢や涙は本物なんだぞ! 出来レースだろうが、茶番だろうとあそこには確かに……! 夢があるんだよ! それをこんな形でグチャグチャにされて、黙ってられるか?」
「何のための輸送任務だ? 危うきには近寄らず、だろう。安っぽい感傷に流されるな」
俺はあっさりと言い放つ。
「ああ、そうだな! 言う通り、運営もクソなら、襲撃者もクソさ! アンタには関係ないかもしれねえけど、俺にとっては……俺の原点なんだ!」
ラッツが叫ぶ。
……原点、か。俺もかつては、ただ強くなれば道が拓けると信じていたよ。ガラン部隊に参加する前の、あの頃までは、な。
「……そもそも、昨日の夜いったい何を話していたんだよ。話せないやましいことがあるのは、そっちのほうじゃないのか?」
「……おい、ラッツ!」ガリウスは制するが、一度火がついたラッツは止まらない。
「アンタは金章祭に興味ない、オルフェインに立ち寄るつもりがないはずだったんじゃないのか?」
「なのに最初から仮面で顔を隠して現れて、街道にはいるはずのない野盗が出て軽く撃退? 昨日の夜はあのセブンフロアと合流して、内緒話と来たもんだ!」
「……これって全部、偶然か? アンタは一体何者なのか、教えてくれよ! 金徽章のアルマさんよぉ!」
それまで叫んでいたラッツが、急に冷たい声で俺を制した。俺は機密を知らないラッツを黙らせ、任務へ意識を戻すために、極めて短く牽制を放った。
「――銀徽章のお前には関係ない話というだけだ、そこまでいうのなら……お前ひとりで戻れよ?」
「そんな無茶言わないでください!ラッツさんも落ち着いて。常識的に考えて、ここから戻る選択肢は危険過ぎます」
「このまま総督府に向かっても、敵前逃亡には当たらないでしょう。私たちに課せられているのはあくまで輸送任務で、このパーティのリーダーはアルマ、では?」
ミレイナの言葉が、この場の絶対的な階級差を突きつける。ラッツは唇を噛み、俯いた。だが、その肩は怒りに震えている。
「へっ……」とラッツから声にならない音が漏れた。




