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第23話 品評会

 夜明け前のオルフェインのでは、すでに祭りの喧騒が嘘のように静まり返っている。雨脚は弱まらず、冷たい滴が雨外套を絶え間なく叩き続けていた。


 街外れの仮宿を後にした俺たちは、馬車の中で情報を交わすことにした。外にいるのはガリウス、ミレイナ、ラッツ。「刻限計画」という機密を共有するそのほか四人だけが、この密室に集まっていた。


「彼らには悪いが、雨の音で中の声も聞きづらいのは、都合が良い……まだ名乗ってなかったな。私はヴァンデル。セブンフロアの第五席だ」


 白い甲冑を鳴らす神兵風の男が、それ以上説明を拒むような堅い雰囲気と口調で切り出した。

 男はすぐにセレスティアへ視線を移し、淡々と続ける。


「聖女様のご無事を確認でき、ひとまず安堵いたしました」


「うん」


 セレスティアが短く、それに応えた。


「エルネス=リード、セブンフロアの三席。まあ、肩書きより顔を覚えてくれた方がうれしいわぁ~」


 妙齢の、随分と気怠そうに喋る女がそれに続く。薄い笑みの奥で、なにかを値踏みしていそうな金色の瞳を浮かべている。


 宿を出る際の短い間に、セレスティアからこいつらの異名を聞いた。


 曰く……第五席――神威のヴァンデル――第三席――星辰のエルネス。その二人の視線が俺を射抜く。


「では早速、先日の襲撃について教えてもらおうか」


 ヴァンデルが顎を引く。声は低く、指揮官の威圧を帯びているようだ。


「出発して一日半ほど経った頃だ」


 俺は吐息を漏らしながら、思い返す。


「街道の真ん中で死体を見つけた。そいつは名の通った有名人でな。灰の鋼……ハイドン=クレーヴァスだった」


 ヴァンデルが「奴は、私の部下だ」と呟く。俺は短く「そうか」とだけ返した。


「でも~、ついさっき部下から報告があって街道で見つけた死体は首なしだった、と報告を受けているわぁ? どうやって本人と断定できたのかしら」


 エルネスがわざとらしく小首を傾げた。


「明るいうちに確認した時は首があったんだ。俺はつい先日、本人と顔を合わせている。見間違いはあり得ない」


 神威と灰の鋼の関係性を聞いた後だからな。シドとの因縁がある俺と関わったことが原因で殺されたのだろう、という推測は伏せておこう。


「その数刻後、森に入ったあたりからシドたち合計八人か……それに襲われた。外の連中が言っていたが、あそこの街道で野盗なんて珍しいらしい、のにだ」


 俺は指を鳴らしながら明後日の方向を見つめる。その様子を知ってか知らずか、ヴァンデルはわずかに頬を緩めながら、言葉を続けた。


「ハイドンは反オルビスに、殺された疑いが強い、か。しかし、奴ら八人の反オルビス派相手にほぼ無傷で済んだのは、奇跡に近かろう。もちろん、貴殿が相当、腕がたつ……のもあるのだろうが」


 エルネスが唇に指を当てながら問うてくる。


「アルマさん、って呼べばいい~? 随分とシドに詳しい口ぶりだし、その仮面……金章祭の飾りじゃないわよ、ねぇ?」


「この仮面はユクス……評議員が用意した装備のひとつだ。機密任務だと聞かされていたし、結果的に好都合だった、が……あんたらの命令系統のほうが優先するというのなら、それに従おう」


 ヴァンデルは首を振りながら堅い声で答える。


「まさか。ユクス評議員の筋からの依頼だと、我々も聞いている。位階持ちとて、それを超越する権限はない。特段素顔に興味があるわけでもないしな」


「ただ、()()()という傭兵に聞き覚えがないのも事実、というだけだ」


 何気ない調子に聞こえるが、馬車の中のものは誰ひとり無駄な口を閉ざす。雨にかき消されるはずの問いかけが、かえって鮮やかに車内の空気を際立っていた。


「なるほどな……じゃあ、ガラン部隊のアルデリオ=シグマ、と名乗れば――分かるか?」


 俺は沈黙の空気に耐え切れなくなって、仮面の奥で薄く笑みを作りながら名乗った。


「……ふ~ん、ガラン部隊。非公式だけど確か、シドの出身部隊のはずよねぇ」


「ああ、奴はその功績を受けて位階入りしたと聞いている。……貴殿はOFAP、ガラン部隊の生き残りだという訳だな。それで……シドが仕掛けてきた、というわけか」


 ヴァンデルが静かに頷きながら、何かを合点したかのように述べた。


「さらに言えば、奴らの手際が良すぎたように思えたね。内通者の可能性がある。敵は俺を狙い撃ちにしてるんじゃないか……てな」


 ヴァンデルは「確かに、出来過ぎな話かもしれんな」といってセレスティアを一瞥した。


「アルデリオ、みんなは裏切ってなんかないよ。信じて、大丈夫。悪いのは、シド=ヴァロン」


「ちょっとぉ、聖女様がいうなら安心よ~。なら心置きなく正面からシド達、反オルビス派とぶつかれるじゃない?」


 ヴァンデルが試すように口を開く。


「私が見る限り、外の赤毛パーティとは随分仲がよさそうに見えたが」


「見えただけ、だろ?……曲がりなりにもこっちは金徽章なんだ。この地域で活動している者ならば、大抵あんな態度になるだろうさ。俺としてはただ、貸し借りの計算をしているに過ぎない、情けを掛けた方が安くつく時もあるからな」


 俺の言葉を受けて、エルネスが不意に切り出す。


「傭兵上がりの用心棒にしては面白い計算なのねぇ、アルマさん。けど少し……聖女様を軽く見ている、とも取れるんじゃないかしら?」


 俺はエルネスから試しのような質問をうけても、眉ひとつ動かさなかった。


 さっきのは回りくどいが本音のはずだ、もしセレスティアがあいつらを気にかけていなかったら、別に俺は見捨てても良かったんだからな。


 ――しかし言われてみれば確かに、こんなガキの意見なんか聞かずに、直接総督府まで向かったほうが効率的だったはずだ。なのに俺は、この道を選んだ。


「貴殿は効率の算盤を弾くと言ったはずだ、アルデリオ=シグマ。なのに偽装任務とはいえオルフェインに逗留するのを選んだのは、事実」


「その選択の是非はもはや問うまい。ただ、過ぎたことついでにもうひとつ、計算してもらおうか……シドの件で、な」


 その声は低く、雨音にかき消されるぎりぎりの調子。エルネスが口元をわずかに歪める。


「命令に背けば叛逆、従えば、同胞を切り捨てる。どちらを選んでも失うものは大きいわぁ。それをすこ~し、天秤にかければ……」


「どうかしら?」


 探るように、視線を寄越す。俺は答えを探しながらも、思わず不自然に見えるほどに口角を吊り上げてしまう。


(フッ……こいつら……)


「……単純な話だ」


「シドに限っての話なら、どっちも飲み込んで我を通す、が俺の答えだ。もっともこれはシドに後れを取ることはないだろう、という俺の皮算用ありきの話だが……」


「試すように問うのは結構だが、あんたらこそどっちを選ぶか気になるもんだ。セブンフロアのお歴々なら当然、ガラン部隊の結末がどうなっているか、知ってるやがるんだろ?」


 雨音の向こうで、しばしの沈黙。ヴァンデルの笑い声が低く響く。


「……ほう。末席とはいえセブンフロアだった男に後れを取ることはない、か。その自信……」


 ヴァンデルは目を見開き歯を見せながら俺から視線を一寸も外さずに、ぽつり。


「とりあえず、護衛の任は貴殿に託す。評議会の眼が曇っていなかったことを確認できて、胸のつかえも下りた」


「……気を悪くしたならごめんなさいねぇ。今日はもう休んで明日アルカディアに発つといいわぁ、後のこと――シドは私たちが対処するから」


「然り、少し探りはしたが我々は元よりシドを粛清するために、オルフェインくんだりまで来たのだからな」


 ヴァンデルはエルネスの言葉に頷きながら、それを補う。


「そうかい。けどそれはありがたいが、そう簡単にいかんだろうよ。奴ははっきりとセレスティアが目的だといったからな」


「何より鬱陶しいのは、シドの執念深さだぜ。出来るものなら俺とあんたたちで、奴の追撃を撹乱したいんだがな。」


「追撃が来るというのなら、護衛戦力を一箇所に集め、全員で固めるのが筋だ。総督府まで遠くはないとはいえ、本隊の守りを削るような戦力の分散は、愚策にほかならん」


 ヴァンデルはきっぱりと言い切った。


「ふ〜ん……でもねぇ、それで十全と云える〜? 守りを削るんじゃなく、敵を惑わせるための影をばら撒くのはどうかしらぁ。囮の馬車を3つ、影武者を二人。本物を固めたまま、見せかけだけを散らす、とか? シドでも嗅ぎ分けるのは骨が折れるはずでしょう~」


「ふん……守りは一点に集中したまま、外には虚を走らせる、か。確かに、戦力分散とは別物だな。撹乱の一手としては理に適っている、なら……それでも、よかろう」


 エルネスは唇を尖らせて、楽しむような色を表情に浮かべた。ヴァンデルが腕を組み、深く考え込む。


「……それはダメだよ。囮を使えばそれだけ危険に晒される人が増えちゃう、自分が行くべき道は、自分で決めたい。それに……逃げていては、何も終わらない」


 今まで沈黙を守っていたセレスティアが、間に入ってくる。その表情は、強い意志を宿しているかのように感じられた。


「利いた風な口を叩くな。お前は絶対に、アルカディアに到着してもらうぜ。この依頼はもう後戻りできやしないんだからな」


 俺の瞬発的な牽制に、一瞬戸惑ったかのような反応をしたエルネスは笑みを浮かべた。


「でもその場合、本物のセレスティア様を守る役は……一番危険な橋を渡ることに、なるわよ?」


 俺は仮面に手をかけ、吐息を零した。


「望むところだ、奴との因縁もある。最後まで守るのは俺の役目だ」


「……考えても見て。なぜシドは、オルビスを裏切ったのか。それほどまでに私を狙うのか?」


「……何がいいたい?」


「私こそ、囮になる価値があるってこと」


 セレスティアのその言葉に誰もが、固唾を飲む、それは自分の命さえ投げ出す覚悟の表明だったからだ。


 沈黙のあと、ただ雨が街を洗う音だけが馬車を包み込んでいた。俺の魂は……妙な熱だけが消えずに、燻り続けながらも。

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