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第22話 援軍の到来

 金章祭――オルビスが設けた人材発掘コンテストの大舞台。剣士や芸術家も、一様に表舞台へ上がり、己の技量や才能の片鱗を披露する。表向きの建前としては未来を拓く者を見出す祭典。


 だが実態はもっと歪んでいる。


 出場者は命を削るように稽古を積み、人生を賭けて舞台に立つ。一方で、選ぶ側のオルビスは中堅選者(といっても銀徽章くらいは持っているだろうが)に過ぎず、何百、何千の候補者を前に、ただ座して品定めするだけだ。彼らにとって候補者は、ガラン部隊のように使い潰せる駒にすぎない。


 なぜ、こんな不均衡な取引が成立するのか。理由は機会の希少性が一番なのだ。


 誰かに認められる道など……そう簡単には、存在しない。金章祭はアクセスが比較的容易な「ここが門だ」と天界オルビスから垂らされた蜘蛛の糸。


 だから人々は薄々不平等だと知りながら、その門を叩ざるを得ない。自らを削り、夢を差し出し、選ばれる可能性にすがる。


 だが審査は残酷で、コンテストは未熟で発展途上だ。審査員の好み、流行の風、そして偶然の巡り合わせなど一滴の運で未来が決まる。努力の結実など約束されず、原石の多くはかなり見込みがあったとしても、砂に紛れて捨てられる現実がある。


 選者すら中枢につながる存在でもないのに、それを拾い上げる余裕や意思があるわけないのである。一度でも、オルビスの虚栄心を覗いた俺からしたら、時間の無駄のように感じてしまうのだ。


 未成熟な選考会よりも、裏で開かれる饗宴や懇親会の席のほうが、直接的なリアクションとコネクションの形成となって、よほど未来に繋がるだろう……。


 ――それでも人は舞台に立ち続ける。誰かに「お前は価値がある」と言ってもらえる日を、夢見ながら。


 ◇◆◇


「仮面の男よ!おとなしく連行させてもらおうか」


 街外れの仮宿に、武装した衛兵たちが踏み込んできた。隊長らしき男が、威圧的な声で告げる。窓の外では、彼らの強行的な来訪に応えるかのように、雨音が激しくなっていた。


 あまりに突拍子もない罪状に、俺は戸惑うことしかできなかった。


「買収って……本気かよ……アルマの兄さん……」


 仲間のラッツが、信じられないといった様子で呟く。


「そんな……違うよ! 何かの間違いだよ!」


 セレスティアが悲鳴のような声を上げると、両目を固く瞑って押し黙った。


 セレスティア……俺がやっていないなんて、当たり前の話なんだよ。けれど、それが衛兵には伝わらない。否定すれば否定するほど、怪しく見えるだけだろう。


 問題は、誰がこんな虚偽の告発をしたのかだ。火のないところに煙は立たないと言うが、ここまで謂れがないと容疑者はおのずと絞られる。正攻法で失敗したシドが、裏で搦め手を使っている。それが一番ありえそうな筋道だ。


「ふざけるな。襲撃があってから、たいして時間は経っていないだろう。どこに工作する時間がある? 第一、動機がない」


 俺は毒づきながら、ラッツに鋭く反論した。


「それは、確かに……」


 やはり、ラッツは本物の馬鹿だったらしい。彼が役者でない限り、この動揺は本物だ。容疑者からは外しても構わないかもしれない。役者の可能性は、あるが。


「どんな筋から告発があったか知らないが、ここまで強引な捜査をするってことは……お前らも覚悟の上なんだろうな? 覆水、盆に返らずだぜ」


 俺は畳み掛けるように警告した。


「旦那は金徽章なんだぞ! 正式なオルビス評議会からの依頼で、輸送任務中なんだ!」 


 俺の隣で、ガリウスも声を張り上げた。


「権力を背景にした圧力には屈しない」


 だが、隊長は鼻で笑ってそれを一蹴する。


「隊長である私も、こと捜査に関することに限り、金徽章と同等の権限を付与されている。第一……やましいことがないなら、おとなしくついて来ればいいだけの話だ。」


「ははっ!冗談だろ? いい感じに横暴じゃねえか」


 俺はセレスティアを背に庇いながら、挑発的に笑って見せた。


「残念なお知らせだ。俺はセレスティアから離れる気は毛頭ない」


 声音から笑みを消し、低い声で告げる。俺は後ろの少女の肩を押しながら明確に、一歩前へと出た。


「いいか。俺はあんまり気の長い人間じゃないんだ。これ以上、筋が通らない捕り物を続けるなら、容赦なくお前らを……殺す。」


「それを聞いても対話でなく、踏み込んで来る腹積もりなら……よく、考えな」


「……了解。ではこれより貴君を、危険分子と判断する」


 隊長は冷徹に言い渡し、後ろの駒たちに合図を送る。じりじりと距離を詰められ、全身の毛が逆立ち、肌が粟立った。


 ――そうかい、そんなに死にたいか。


「ミレイナはセレスティアを守っていろ。あとの二人は、自分の身だけ守っていればいい」


 俺は仲間たちに短く指示を飛ばした。


「旦那、お尋ね者になるのは……不味いんじゃ?」


 ガリウスが不安げに声を上げる。


「殺し合いしなくても、あっちの面子を立ててやればいい話じゃねえか」


「こっちは無実なんだし」


 楽観的過ぎるラッツの言葉に、俺は思わず眉をひそめざるを得ない。敵の狙いは明らかに、俺とセレスティアを離すことだ。普段ならいうことを聞いてやってもいいが、今回に限っては無理だ。


(しかし……機密任務なのが裏目に出たな)


 評議会的にはセレスティアの安全な輸送が最優先なはずだ。障害を多少強引に排除しても、重罪にはならないだろう。だが、それを知らない者からすれば、俺の態度はリスクがあるように思えても仕方がない。


 その時、固く瞑っていた目を開けたセレスティアが、ぽつりと呟いた。


「大丈夫……援軍が、来るよ」


 セレスティアの声に、ほんの一瞬、俺の肩の力が抜けた。


 その直後。外の雨音をかき消すように、重い靴音が廊下を駆け抜ける。ゆっくりと扉が開き、静寂を破る声が響いた。


「――待ちなさい。それ以上、あなた達の権限は通用しないわよ~?」


 戸口に立ったのは、漆黒の制服に身を包んだふたつの影。その胸に輝いていたのは、見慣れた金銀色の徽章ではない。淡く光を反射する、白銀の徽章だった。


 これが、セレスティアが覗いたという援軍か。


「は、白銀……!?」


 衛兵たちの顔色が劇的に変わる。戸惑うのも無理はない。そこらの市井でなかなかお目にかかれる機会なんて、ないだろうからな。


 白銀の徽章――それは評議会直属の証。表向きの階梯には存在しない、選ばれし者だけが佩くことを許される特権の印。金すら霞むその輝きは、評議会の意志そのものだ。


 ついさっきまでの威勢が嘘のように、衛兵たちは後ずさり口をつぐんだ。秩序は一瞬のうちに逆転していた。


「な、なんだ……貴様らは!?」


 隊長が動揺を隠せない声で問う。


「もはや、理由を問う権利は貴様にない」


 影の一人が、低く冷たい声で応じた。


「我らは評議会の直命を受け、この場に立つ」


 その言葉だけで、隊長の威勢は音もなく萎んだ。俺はセレスティアを庇いながら、その光景を目に焼き付けた。


「貴殿らと少女は、評議会の保護下にある。我らが保証する」


「馬鹿な……セブンフロア、だと……?」


 隊長のかすれた声が、静まり返った部屋に虚しく響いた。


 俺は鼻で笑いながら精々嫌味に、声をかけてやった。


「分不相応なロールプレイ、ご苦労様だったな。あんた……命拾いしたぜ」

「だが、疑問は消えちゃいない」


 もはや何の力も持たない抜け殻のようになった衛兵隊長を一瞥し、俺は思考を巡らせる。


(なぜ、たかが街の衛兵隊長が、金徽章の俺を捕縛できるほどの権限を持っていたのか? なぜ、街外れのこの仮宿を寸分違わず突き止められたのか?無理筋でも強行するだけの理由があるはずなんだ。)


「あんたをここまで動かしたのは、シド=ヴァロンだな?」

 俺は名指ししながら衛兵隊長を問いただした。


 この宿を突き止められたのも、奴の情報網だ。仮面の男と少女という些細な情報に金貨をばら撒けば、密告者などいくらでも現れる。衛兵の強引な踏み込みも、すべては俺を社会的に抹殺し、セレスティアを奪うための計算ずくの策略なんだろう。


 そこまで考え、俺は白銀の徽章を付けた者たちに視線を移した。


「我々もシドの足跡を追ってここまで辿り着いた。その推理は当たっている可能性が高いと、見ている」


「ま、ほとんどアタシのおかげで、だけどね~。石頭に任せていたら日が暮れそうだったわぁ~」


 セブンフロアの二人が微妙な空気を醸し出しながらも俺に賛同する。シドを追っていたのか。


「アルマの兄さん、シドってのは? 今回のことと先刻の襲撃が関係あんのかい?」


 ――それは。


 機密に抵触する問い。俺が戸惑っている間に助け舟が出る。


「さて、ここで立ち話というのも疲れるだけだ、場所を移して話そう。衛兵たちも去って持ち場に戻るが良い。」


 白銀の徽章の男たちが、無言で俺たちに道を譲り、パーティ全員でそれに応える。

 ザアッという――書きなぐったような雨は、一向に収まる様子がない。夜明けには、まだ早いようだった。

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