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第21話 水祭都市オルフェイン

 セレスティアに合わせながらゆっくりと歩き続け、半日ぐらい経った頃に、ようやくオルフェインの街影が見えて来た。


 この街は、以前一度立ち寄ったことがある。そのときは、陽光に反射する石造りの小径が、美しい街だった。護衛パーティの奴らとは、ここで合流する算段になっている。石橋を渡るとき、軍靴の音が乾いた調子で響き、その反響が下の水面に散った。


「綺麗な……街だね」


 セレスティアの言葉に俺は足を止め、仮面の奥から目を細めて街を見つめた。


「ああ、変わってないな……相変わらず、いい街だ」


 オルフェイン――水都と呼ばれる所以が、一目でわかる。幾筋もの運河が街を縫ってはいるが、潮の匂いはない。代わりに漂ってくるのは、柑橘酒の甘酸っぱい香りや、市から流れる瑞々しい草花の匂い。濡れた石畳は輝き、湿り気を帯びているはずなのに、空気は妙に澄んでおり気持ちが良い。


 鉄の仮面は頬に冷たく張りつき、吐息が曇りを作る。だがこの街に限っては、俺だけが異質ではない。今丁度オルフェインは、金章祭というオルビス主催のコンテストの最中なのである。


 よって、仮面は「身を飾るもの」として売られて街角に並んでおり、人々は笑い、踊り歌っていた。俺にとっては素性を隠す盾のようなものだが、彼らにとってはただの遊興――追手を撒くには、好都合だ。


 広場に出ると、群衆が舞台を取り囲み、渦を巻いていた。金糸で布に綴られたハンドオブオーダーがはためき、鏡のような水面に反射したのが目に入る。


 俺は思わず嘆息しながらその文字列を読んだ。


 ――秩序こそ、自由より尊し。


「遅かったな、アルマの兄さん!」


 性格が明るそうな赤毛の青年が手を振っているが、その前に声で分かった。ラッツだ。彼の身のこなしは別れる前より軽快で、祭りの熱気を浴びてますます昂揚しているようだった。


 俺は仮面の下で多少呼吸が荒くなっているのを、こいつらには悟らせまいと、口を固く閉ざした。まだ耳の奥で、あの鉄を擦る音が鳴っている。


 ミレイナがセレスティアを見つけると、小走りで駆け寄ってきた。安堵の会話を二言三言交わしている。セレスティアの顔に浮かぶ、胸の奥につっかえていた重石が外れる様子を感じて、俺も少し安心する。


 ラッツの肩には細かな切り傷が走っているが、致命的ではない。最後にガリウスが少し足を引きずりながら現れた。彼の脇腹にはほんのり血が滲み、手当てした布で押さえてある。


「大丈夫だったようね」


「合流が遅れた」


 俺はミレイナの問いに静かに答えた。


「構いやしません。むしろ、祭りのざわめきに紛れて動ける……今が好機でしょうぜ」


 ガリウスの言葉に頷いた後、俺たちは人波に肩を寄せ合い、舞台の正面を仰いだ。


「しかし、俺は合流できてない可能性も追っていたぜ。普通、あんな人数に斬り込まれたら、一巻のおしまいだろ」


 ラッツが口火を切った。


「あいつら、一体何だったんだよ?あれ、ただの野盗の類や通り魔って感じじゃなかったぜ」


 それを聞いたガリウスが険しい表情でうなずく。


「ああ、計画的な襲撃に感じたな。俺たちの行動が、筒抜けになっている可能性があるんじゃないか?」


 俺は不意に疑心暗鬼の小石を、投じる。反応で、少しの波紋でも逃さないように注視した。ミレイナは心配そうにセレスティアへ視線を向ける。


「でも、はぐれたあとで無事に合流できた。……それだけでも奇跡だよ」


 俺を諌めるようなセレスティアの言葉に思わず苦笑する。


 ――ガキに心配されないでも、詰めすぎやしないさ。


「お嬢さんをみる限り、大丈夫なようだな」


 ラッツは笑ってみせた。強がりか、本心か。


「……まぁ、あの程度なら俺には問題ない。さっさと総督府に向かう算段を立てよう」


「ええ?! オルフェインを素通りするのかよ?」


 群衆の歓声が弾け、金章祭の幕開けを告げる鐘が鳴った。熱気と音の渦に押されながら、ラッツは舞台を指差し、瞳を輝かせる。


「見たか!? これが金章祭なんだ! 夢を掴む奴らの輝きだ!」


 ミレイナやガリウスは冷静に、群衆の熱狂を客観視している。


「……」


 こんな時に、祭りを気にしている場合かよ……。まさか、わざと足止めしようとしているのではあるまいな。


 疑心暗鬼の水面がほんの僅かに波紋を立たせる。


 ――ラッツは無邪気過ぎやしないか……?


「ここで立ち止まるのは無駄だ。俺たちの目標はアルカディアだろう。祭りや出来レースに関わる時間はない」


 仮面の奥で微かに口角を上げ、感情を押さえ込む。ラッツは顔を紅潮させ、声を荒げる。


「出来レース……?」


「……なんでそこまで金章祭にこだわる?」


「すまんな、旦那。こいつは、金章祭出身の銀徽章なんだ」


「銅入賞してから評価されて、今年やっと銀徽章持ちになったらしい」


「……なるほどな」


 俺はある程度、合点がいった。ラッツは、金章祭上がりなのか。


 ラッツが拳を握りしめて呟く。


「……あの舞台に立つ気持ち、分かるんだ。俺は下の賞までしか行けなかったけど――上位の連中は本当に、世界を変える力を持ってる。憧れなんだよ」


「ハイドン=クレーヴァスも、何代か前のコンテストの上位入賞者だった」


「へぇ」と俺は思わず鼻で笑ってしまった。ラッツが灰の鋼を気にしていたのはそれが理由かよ。死んじまったからあんまり悪くは言いたくないが、正当な評価で受賞したのかは怪しいもんだぜ。


「舞台の上でどれだけ汗をかこうが、審査員に金を握らせられるかどうかで決まったりするんだぜ? 本気になるものじゃないな」


「夢を計りにかけるのかよ」


「待てまて、ラッツの夢を否定しているわけじゃない、俺は先を急ぎたいだけだ」


 投げやりに応えながらも、俺は舞台の片隅に立つ若い候補者の横顔に目を奪われた。必死に震える手を押さえながら、歯を食いしばっている。


 夢に群がる者の裏に、敗者の屍がある。人材発掘などよく言ったものだ。


 だが、俺は素性を明かしていないからガラン出身なことをこいつは知らない。現実は強者に使いつぶされるなんて、実体験が伴わなければ逆に説得力がないだろう。


 ――ラッツはガラン部隊に参加する前の、俺なのかも知れない。理不尽を知らず、ただ努力すれば道が拓けると信じていた頃の。


 舞台裏に差し掛かったとき、偶然の瞬間を目撃した。審査員と有力者が金銭をやり取りしている。候補者が怯え、言葉少なに指示を受けている。誰もが笑顔を保とうと必死だが、震える指先や爪を噛む手が真実を語る。


 金章祭は出来レース、才能なんて買収で決まる……。


 俺たちはその光景を一瞬にして理解した。祭りの華やぎは仮面、笑顔は芝居。現実は冷たく、残酷だ。


 ラッツが怒りを露わにしている。


「ふざけやがって……」


 ◇◆◇


 すっかり日も落ち、雨も降りはじめたので、金章祭の舞台裏を後にし、俺たちは街外れに宿を取った。


 豪奢な祭りの光から一歩離れただけで、薄暗い路地の匂いと雑踏のざらつきが肌を刺す。だが仲間の空気は、それ以上に重かった。


 ラッツは何度も何度も切り捨てながら感情を吐露する。


「クソ、あんな茶番……。あれを見て黙ってられるかよ」


 ガリウスも低く唸った。


「同感だ。武を売り物にする祭で、不正とはな」


 ミレイナは俯き、言葉少なに手袋を着け外しして、遊んでいた。セレスティアが、俺に問いを投げかける。


「……アルマ、見過ごすしかないの?」


 俺は当然、答えやしなかった。セレスティア……そんな子犬のような顔で見つめるんじゃねぇよ。これ以上肩入れするのはいくら何でも、過保護すぎる。


 俺はこいつらの心配なんかしちゃいない……正直、お前さえ無事ならどうでも良いんだ。


 ――その時。


 窓を打つ雨音にまぎれ、扉が乱暴に叩かれた。


「――貴様ら、出ろ!」


 怒声とともに、武装した衛兵たちがなだれ込んできた。ガリウスが剣に手をかけ、ミレイナが短く呼吸を吐く。


 俺は即座に前へと出た。


「何の真似だ?」


 俺の問いに隊長格らしい衛兵が、冷たい声で告げる。


「告発があった。金章祭の候補者を買収し、結果を操作しようとしているのは――その仮面の男だと、な」


「あ……?」


 思わず口をついた声は、我ながら間抜けに聞こえた。


 

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