第20話 のんきなお姫様
ーーそして現実が還ってくる。
樹々のざわめきへ、吸い込まれそうにとなりながら、目の前の動く物体を捉える。
次の瞬間、シドの拳が目の前に迫っていた。鉄甲の銀色が煌めくのを感じ取れる。
俺は危なげなくかわしながら、隙をめがけて横蹴りを入れてやった。シドは「グ……」と堪えて二、三歩後退りした。
「てめぇに実力で劣ると思うか?」
俺はぐつぐつと煮詰まった感情を吐き出すように言った。
「三年前から、本気でやり合えば余裕で……俺が勝っていた」
「もう、あのころのように、あまくないんだねぇ。けっこう、けっこう」
「セブンフロアのだいいっせき――けんせいも、とてつもないじつりょくだが、アルデリオはそれにひってきするかもねぇ」
薄気味の悪い笑いを浮かべ、シドは刃先を自分の喉元に触れさせている。
「……で? このまま俺とやり合うか? どうせなら、投降して洗いざらい情報を吐いたらどうだ」
「俺は殺しやしねぇぜ、もっとも評議会がどういう処分を下すかは……知らんが、な」
それを聞いたシドの口角が、ひどく楽しげに歪んだ。
「おっと、それはえんりょするよぉ。やっぱりちからおしでは、かてないのは……わかった」
シドが一歩、二歩、影に溶けていく。
「にげるのはアルデリオよりも、とくいでね」
シドが消えるのを目撃しながら「追わなくていいのか」と自分に問いかける。実際のところ、シドが俺たちを裏切ったっていう、三年前の真実ってのは……気になる。
けれども、こっちにはセレスティアがいるし、伏兵がいる可能性もある。追撃する選択肢など万にひとつもなかった。
「もう二度と、会わないことを祈るぜ。お前の後任の位階の座は任せておきな、俺がしっかり務めておくからよ」
「ひひ、いかいなんてくだらないよぉ……けど」
「セレスティアはあきらめない」
「なんでそこまでこのガキにこだわる?」
「ひひ、そのチカラ、オルビスにおいておくにはキケンなんでね」
「……っ……!はやく消えてよ!」
セレスティアがそう叫ぶと影が途切れ、静寂が戻る。
だが心臓の鼓動だけは、三年前と同じ速さで打ち続けていた。
「……いくぞ」
「どこに?」
「勿論、アルカディア総督府だ。奴が追撃の支度を間に合わせるより、早く着きたいからな」
「直接行くの……?輸送任務は投げ出すの?」
「あれは機密を漏らさないための偽装任務だ、最初っからお前より優先するものなどない」
「……オルフェインで合流したほうが良いよ、約束したから待ってるし……オルビスの援軍も期待できるわ」
「援軍だぁ……?」
確かに合流さえすれば移動手段も確保できて囮にも、なる。何より人数はそれだけで力だし、街に溶け込むのは、追手を撒くカモフラージュにもなるだろう。
一対一なら負ける気はしないが……護衛任務に於いて用心に越したことはない。
だが――シドたち反オルビス派が俺たち二人を特定するのが早過ぎて、背信者の存在が気にかかってしまう。
「セレスティア……未来が、見えているのか……?」
「……うん。オルフェインにいけば皆んなを守れてシドも……倒せる」
「行かなければ、シドが皆んなを殺しちゃうの」
「どっちにしても、私たちは助かるけど……」
ホントかよ……しかし、ずいぶんとのんきなお姫様だな。こんな目にあって、組織にはあんな場所で管理されてたっていうのに、他人の心配とはね。よっぽど自分の未来視能力に自信があるんだろうが……。
「……分かったよ……もっとも、人助けなんてしてる場合じゃないかも知れねぇが、な」
俺は伏目がちに、首を鳴らしながら愚痴を溢す。
一抹の不安と、セレスティアの視線を背に感じながら、俺はオルフェインへの道にと……歩を進め始めた。




