第19話【伽藍堂の部隊】
瞬く間に広がった爆炎が眼前を支配する。誰かが叫んだが、命令が届くより早く……リナの背中が赤く染まっていた。俺の前に立ち、盾のように両腕を広げて。
「リナ! 大丈夫か! なんで、俺の前に……!」
「動かないで……。まだ、私は……」
血に濡れた背で、彼女はそれだけを告げる。吐息は震えているのに、その姿勢は揺らがなかった。
横でレオフィルが何かを叫びかけ――喉が裂かれた。矢か、刃か。声を奪われ、ごぼりと血泡を吹きながら、それでも彼は笑おうとした。唇の端が歪み、笑顔の形を作ろうとして、できていなかった。
冗談好きが、皮肉にも冗談ひとつ言えずに、その目から光を消した。俺はその五秒も無い僅かの間、茫然と立ち尽くすしかなかった。
「うわあああ!」
こんな状況に、耐えきれなくなったんだろう。
エルードが叫び声をあげて突撃する。震える膝を必死に動かし、俺の教え通りに刃を構えて。だが敵の槍は容赦なかった。若い胸を貫き、血を散らし、エルードの体は崩れ落ちる。
「エルード!」
俺は咄嗟に飛び込んで、槍を薙ぎ払い敵の命を刈り取る。俺たち傭兵には大したことない相手でも、リナやエルードにとっては脅威だったのだ。
「アルデリオ!」
オーガンが叫ぶ。隊長の声は荒野に響き、まだ戦えと鼓舞する響きがあった。だが敵影は四方に潜み、陣形は完全に崩壊している。
「走れ!お前だけは生きろ!」
その言葉と同時に、巨躯が敵に飲み込まれた。オーガンの姿は血煙の中に消えた。
俺は顔を歪ませリナを抱き抱えながら、必死に脚を回転させる中、シドが斬り伏せただろう敵の死骸の山が目に入った。
血の匂いが充満する中、奴の白い衣だけが不自然なほどに汚れず「ひひ」と笑っている。俺は息を切らしながら仲間を庇っていたというのに……あいつ、あんなに強かったのか?
「……」
さっきまで会話できていたリナも、しばらくして動かなくなってしまっていたが、俺は努めて声をかけようとはしなかった。
みんな……死んだのか……? 俺の耳に残るのは、血の音と断末魔、そして自分の心臓の鼓動だけだった。
「シド!撤退だ!返事をしろ!」
シドの姿は、すっかり見えなくなっていた。どこにいるのか。戦場にいながら、影のように掴めない。奴が拳を振るっているのか、窮地に立たされているのかさえ、分からないではないか。
結局、俺は……一人で逃げだし、程なくして意識を失った。
抱き抱えていたはずのリナとどこで逸れたのかさえ、定かではない。
崩壊した石片の山を転がるように這い、矢の雨をかいくぐり、必死に足を前へ出した。エルードやリナも、レオフィルの笑顔も、オーガンの命令も、何もかもを背後へ置き去りにして……生き延びてしまった。
てっきり俺だけが、生き残ったんだと思っていた。
次に目を覚ました時、俺は後詰めとして到着したオルビス主力部隊の野営病院に寝かされて治療を受けていた。胸に金徽章が光る医師から、作戦は「成功」してこの地はオルビスの支配下になったのだ、と聞かされる。
俺が堪え切れず戦場から逃げ出すことによって……OFAPの犠牲は、そのための小さな代償として歴史の片隅に押し込まれてしまったのである。
後になって、風の噂で知る。シドはあの惨劇を生き抜いており、位階に迎え入れられ、栄光を手にしていた……と。
あの地獄を運良く生き残って戦果を挙げた奴と、逃げた俺とで、明暗ははっきりと……そして残酷に分かたれることになる。
何故かシドがOFAPだったという事実は抹消され、記録の一行にも残らなかった。シドとオルビスの間で何らかの取引があったことは明白だったが、たった一人の力ではどうすることもできない。第一、取引があったという想像さえ、内情を知らない俺の推察に過ぎないし、動機も分からないのだから。
そうして、俺はシドが生きて位階を手にしているのにも関わらず『伽藍堂の部隊』の唯・一・の生き残りという汚名を背負い、貧窮の底をさまよい続けることになる。
俺は傭兵に戻らざるを得なかった。『ガラン』の生き残りとして、ただ金のために命を懸ける日々を選ぶことになる。もはや抜け殻の俺に望む未来なんてなかったし、あいつらを想うと己だけが幸せになる道など選べや、しない。
ただ、疑問があるとすれば――薄れゆく意識の狭間で、不思議な声を聞いた気がしたことだけだ……。
あの爆炎の最中、意識が途切れる前、最後に聞いた謎の声。微かな……囁き。
――(アルデリオ――ありがとう)――
誰の声だったかは、今もわからない……。
いずれにせよ、俺はその一件から……何事も効率こそ最優先にと考えるようになり、命を金に換える人生を送ることになる。
誰のことも信用できない、信じてはいけないんだと、殻へ閉じこもることになった。
だけど……。
「――誰だって……変えたい過去がある。私とて……君だって、そうだろう?」
あの日ユクスにそう言われたとき、魂の奥底が熱くなり、言葉が出なかった。
あの日、もし違う選択をしていたら……あいつらを救えたのだろうか?あるいは、まだ……間に合うのだろうか――?




