第18話【追憶篇】
焚き火の炎がぱちぱちと弾け、橙色の光が部隊を照らしていた。熱による皮膚の刺激も心地よい。
傭兵たちの間では、火を囲むとき安心して話し易いと言われている。有史以前からの記憶がなんだとか原理とか理由なんていくらでもこじつけられるが、とにかく良いものなんだ。
夜の荒野は不気味なほど静かで、遠くで風に乗って犬の遠吠えのような声が聞こえる。俺たちは火に集まり、誰からともなく乾いた携行食をかじりはじめたり、とりとめのない冗談なんかを話し始めた。
「なあ、アルさん。もう誰が出世するのは決まったもんだなぁ」
レオフィルは欠けた歯を見せて笑い、自分の器に火酒をちびちび注ぐ。
「きっと評議会は俺のことを離さないつもりだろうぜ」
くだらない話に聞こえるが、彼の声には妙に人を安心させる力があって好きだった。
「ふふふ、ありえるかもな!もし出世したら俺のことは忘れないでくれ。年下だろうがなんだろうがついていくからさ?」
俺は軽く追従しながら、レオフィルに迎合するように笑っていた。
「おいおい、レオの工作活動が優秀なのは認めるがな。評議会もそんなに甘くないんじゃないか?腕っぷしだって、必要なんだろうからな」
「だからこそ、机に齧り付いた経験がない俺たち傭兵も、プログラムに組みこまれているんだ」
ベテラン傭兵のオーガンが低く唸り、薪をひとつ放り込む。俺にとってあの巨体から発せられる声は、焚き火くらい落ち着きをもたらすようだった。
俺たち六人は位階候補生の部隊だが、全員が官僚養成学校出身者ではない。実力があって、オルビスに親和的な傭兵も部隊に組み込まれて作戦に従事していた。
俺は貧しく、出来ることといったら剣の実力を活かした傭兵稼業だけだった。だから、何としてもこの機会を活かしたかったが、現実は甘くない。俺以外の誰かが位階や徽章を手に入れるならば、せめて繋がりを作っておくのが一番だろう、と考えていた。
しかし――はじめてこの部隊への参加を……オルビスから打診された時は、またとない機会に興奮したものだ。
「私は花を植えたいな。ここじゃ土も灰ばかりだけど……。でもいつか、色のあるものを」
「まだ自分の研究の話かよ、リナ」
レオフィルがリナのことを茶化し、彼女は小さく笑った。その微笑は、血と泥に染まった戦場の中では異質に思えるほど柔らかい。レオフィルの言う通り、リナは植物のことなんかを時々小さなノートに書き留めていた。当時はまじめな彼女らしくマメに調べているのだろうと得心していたが……今となっては、聞きそびれたままだ。
俺の隣では、今年度養成学校首席で、鳴物入りの新兵であるエルードが不器用にナイフを研いでいた。
「刃は、こう角度を合わせたほうが良いよ。力任せにやって失敗したらもったいないからね」
俺はそう言って手を添えてやると、彼は赤面しながら「す、すみません」と呟いた。
俺は無意識に、弟にでも教えるような声色を使っていたと思う。結果的にはそれが俺にとって、最後の温もりだったのかもしれない。
いずれ彼が出世した場合の直属部隊の分隊長やら何やらを見極めるための組織なんだろう……。
その当時俺はてっきり、このエルードをある程度の実力まで引き上げるのが、俺やオーガンに期待されていることだと思っていたものだ。
ただひとり、シドだけは火の明かりから距離をとり、黒い影の中で石を弄んでいた。
「……燃える……燃える……」
低い独り言と「ひひ」という笑い声が、火の音に紛れて聞こえてきた。
誰もその言葉を拾わなかった。あるいは、拾いたくなかったのかもしれない。
他のみんなと違って、俺は孤立気味のシドを事あるごとに、気にかけていた。
上手くコミュニケーションが取れないこの性格じゃあ、生きづらいだろう。オルビス評議会はそんな甘い組織じゃない。
彼はもしかしたら、使い捨ての捨て駒として換算されて、放り込まれたのかも。自分自身、切迫した生活だから困った人間を放っては置けなかった。
勿論、自分の身を切りすぎない範囲では、あるが。
辺りを見回すとすっかり夜も更け始めていた。沈黙が場を制圧し、ぱちぱちという炎の音だけが、俺たちの世界を支配していたのだった。
◇◆◇
その日の空は、どこまでも青く澄み渡っていて、平和そうに見えていた。これから起きる惨劇など、想像もできないくらいに。
俺たちは早朝から評議会の下した命令で、殆どもぬけの殻らしい拠点を制圧するために、歩を進めていた。
「へっ……この作戦さぁ。俺たちには楽勝すぎて、拍子抜けしちまうんじゃねえか?」
レオフィルが肩を軽く叩いて笑った。何故だったのだろう、軽口がいつも以上に心地良く感じられた。
「あんまり油断するなよ。簡単な制圧戦と聞いているが、戦場に絶対はないだろう?」
前を歩くオーガンが軽く諌める。大柄な背中は頼りがいに満ちているはずなのに、肩に張りついた緊張が俺の目には見えた。こういう経験豊富な男の沈黙は、時に何より雄弁だ。
俺は少しだけ口の端を噛むようにして、結んだ。
「……血の匂いがする」
ぽつりと呟いたのはリナだった。彼女は立ち止まり、鋭い眼差しで周囲を見回す。白い指が剣の柄を握ると、金属が鞘から擦れる乾いた音が空気を切り裂いた。
その隣で、まだ少年の面影を残すエルードが慌てて真似をする。剣を抜いたはいいが、刃先がぶれていて握りも甘い。
「……何か……異変がありましたか……?」
「肩を落として、刃を立てるんだ。怖くても目を逸らさなければ、大丈夫だよ」
俺は囁くようにそう答えた。緊張に満ちて不安に駆られていたリナやエルードの心を少しでも、和らげようとしたのである。
荒野は静まり返っていた。鳥も鳴かず、風が止まったように感じられた。
廃墟の石壁に、乾ききらない血痕が黒くこびりついている。最近運ばれたのか、やけに新しい物資の木箱が転がっていた。
違和感があるな……。俺は眉に皺を寄せてゆっくりと膝を折る。
しかし、これは――何だ? と思考したその瞬間、大地を裂く音が轟いた。
爆風。砂塵が舞い上がり、耳をつんざく破裂音の直後に、矢が雨のように降り注いだ。
「アルデリオ! 伏せろ、罠だ――!」




