第14話 偽装任務の開始
次の日の朝すぐに、オルビスが用意した馬車の揺れに体を任せながら、俺は鉄仮面の中で胸のつっかえた感じを撫で下ろす。
外気は冷たく、埃が舞う不揃いの縁石が固まる街道を進む。
「アルカディアが……終着点か。ここからは、長い道のりになるぞ」
壮年の男の低い声が響く。革の手袋を嵌めた手が無造作に手綱を揺らした。
俺は振り向かずに言葉を返す。
「アンタ、名前は……?」
男は少しだけ目を細める。
「運び屋のガリウスだ。アンタとは初めての同行だが、よろしくな」
俺は肩をすくめ、馬の蹄から発した砂煙を眺める。
「ああ、俺はアルマだ……で」
言いかけたところで、小さな笑い声が馬車の片隅から聞こえた。
「仮面の兄さん! 俺は燃える銀徽章の戦士……! ラッツだ!」
身軽そうな身のこなしで赤毛の青年が身を乗り出してきた。こんなんでもオルビスの銀クラスか。
「燃える……? 自分の髪形を火に例えているのか」
「あーなんでも火を司る? 神話的な戦士のイメージが似てるんじゃないかって、幼馴染に言われてさ!」
「何て名前だったか忘れたが」
「……イフリート、だろ?」
というか神話的な戦士とかいったよな? それをいうなら戦士的な神話、だよな。
「ああ、そうそう! ……で、このおっさんは雑用係ってとこだな!」
二十歳は超えているだろうが、ガキっぽい奴だ。ラッツの発言を聞き終わってから苦笑い混じりに、スリットの外の風景に目を戻した。
「お前たちは知り合いか……ということはラッツは戦闘員? と考えて良いんだな」
「そうさ! 俺たち結構コンビで仕事してんだ! 今回は総督府まで荷物の輸送って話だから楽勝だと思ってはいたんだが……」
「まさか金徽章の護衛を雇っているとはねぇ! 仮面の向こうはどんな顔してるんだい?」
ラッツは屈託なく笑い、俺の視線をわざとらしく避ける。今こいつが話したように、俺たちの任務は、表向きは評議会までの荷物の輸送任務だ。
「お前の仕事には関係ないだろう?」
「いやいや!金徽章サマと絡むなんてそうはない経験なんでね! コネクションを作っておいて、損はない」
人懐っこそうな笑みを浮かべ、俺の仮面を覗き込む。
「……コネクション……ね」
概ね、理解できる意見だ。もっとも俺側に、援助したり応援したりする余裕があれば……の話だが。
「下らない話だな。いいか……?俺に遜る必要はない。それだけ重要な任務だと理解していれば良いだけだ」
「遜る必要はない、ね。触らぬ神に……ってやつか!」
ラッツは口先を微妙に吊り上げたが、その眼には測りかねる興味が残っていそうに見える。
「断っておくが、邪魔も許しはしない。このパーティでは、俺の命令が全てだと思ってもらう」
「ああ……異論はない……けど」
その横、冷たい空気を放つ銀髪の少女が座っている。セレスティア。顔は伏せがちだが、時折俺を見ては目を逸らす。
「こんな女の子もついてくるなんてな。一体なんの役割があるんだい?」
「……」
セレスティアは何も答えず、静かに馬車の揺れに身を任せている。
「あんまり怖がらせるな……俺たちと違って役割はない。だから二人も護衛がいるんだと考えろ」
「へぇ……確かにこのルートは野盗なんかに襲われる心配もないだろうが、それでも親なんかは心配だろうな」
「……野盗が、出ない?」
ユクスから聞いていた話と違うな。道中は一触即発みたいな言い方をして来ていたが……。
「ああ……いや、経験上一回もないってだけさ!油断していると思わないでくれ、何もなければその方が良いだろう?」
――確かに、そうだな。
「ああ、気にするな……その親からの直々の依頼でな。この子に何かあったら成功報酬は、ゼロだ」
「はは!ご令嬢って訳かい? そりゃあ気合い入れて、守らないとな!」
セレスティアはそう発したラッツの微笑みに、すこし困ったように笑みを返していた。
「けれど……その子、さっきから喋っていませんね」
「あなたを怖がってるんじゃないんですか?」
急に発された淡々とした声。だが奥にわずかな温度がある。この女はなんて名前だ……?
「――で?何が言いたい? まさか、俺が誘拐しているとでも言いたいのか?」
俺は意識的に少し歯を見せながら、女を見つめる。
「…………」
ミレイナの沈黙。間の空き方によって、場の空気が刹那、凍る。
「そこまでは言ってませんけど、こんな親元を離れて一人でいるんでしょう? 少しは気を遣ってあげたらどうですか?」
膝の上で指を組み、視線はまっすぐと見つめ返されている。
「ふん」
俺は目を瞑って天井を見上げた。その様子を見ていたのか、セレスティアが拙くも言葉を紡いだ。
「……私は……」
「大丈夫……アルマは信用できる人……」
セレスティアの声にラッツが目を丸くしている。
信用……? 無邪気にも愉快な響きが胸の奥で固まっていた古傷をチクリと刺した。馬鹿馬鹿しい! 俺はこいつを総督府に届けて、金と地位を手に入れるだけだ。感情など不要。
「だ、そうだ」
俺は動揺を悟られぬように指を差して短く呼吸した。
「……」
女はバツが悪そうに押し黙る。俺はその視線が一瞬俺を値踏みするかのように揺れるのを見逃さなかった。その違和感のある感触を確かめるかのように口を開く。
「いいか、無駄口はなるべく抑えろ」
「お前たちは任務を達成するために効率のことだけを考えてれば、良いんだよ」
俺は仮面の内側から、目を細めながらぶっきらぼうに言い捨てた。
沈黙がまた馬車の中を包み込む。誰もが互いの素性など知らないんだ。気は抜けまい――それが当然の世界だからな。




