第12話 聖女サマの用心棒
隔壁の向こうで、重低な駆動音が響いて聞こえた。金属と金属が嚙み合う低い唸り。耳に残る震えが、徐々に近づいてくる。
この部屋の空気は、まだ冷たい。
先ほどまで交わしていたミーティングの余韻が、体の芯を貫く鉛のように沈んでいる。俺は壁にもたれ、目を閉じた。
曰く――守れ。彼女を護送すれば自由をやる。
それがユクス……オルビス評議会から突きつけられた条件だった。
自由のために、鎖を引きずらなきゃならない。
俺の求めるものはひとつ――本当に過去を変えるなんていう夢物語のようなものがあるか、その見極め。
例えそれが絵空事だったとしても、金や位階が効率よく手に入れられるなら、どんな汚れも飲み込むつもりだった。
足音がふたつ、近づいてくる。
スリット越しに、少女の影が見えた。白く光る銀髪の少女、何かを超越した雰囲気を持つ。
彼女の名は――セレスティア。未来を視ると説明された、実験体の少女。
俺は視線を合わせない。目が合ったりしてしまっては、感情なんかが伝達してしまう。それが一番、面倒だ。
控え室の扉が開き、二人が現れた。
セレスティアともう一人は、白い軍服を着た女性の兵士? だった。
「着替えは済ませました。勝手ながら、鎮静剤は不要と判断しました。自力で歩けます」
女性兵士が報告する。
「大丈夫ね?」
「うん……」
女性兵士の声は落ち着いているが、喉に小さく掠れがあった。
その指先はセレスティアの袖口に触れる寸前で止まり、セレスティアが苦虫を噛み潰した表情で制した。
何かを先に見てしまったような、距離を測るような視線。
セレスティアは兵士の影に隠れるように立ち、俺の方をちらりと一瞥した――だがすぐに視線を逸らした。
「よろしい」
ユクスが短く答え、俺の方へ視線を送る。
「アルデリオ。内容は概ね、理解しているな」
俺は壁に肩を預けたまま、頷くのみ。
「彼女を指定地点、オルビス評議会の中枢都市――アルカディア総督府まで、護送すること」
ユクスの声は淡々と無感情のようだった。
「表向きはただの荷物の輸送任務だ。機密を知るのは君たちだけで、人数も少数。簡単な任務だと隠れ蓑を着てもらうことになる、が。」
「正直言って、外縁区画にはどこにでも、反オルビス派の賊が潜伏していてもおかしくない。接触した場合、優先すべきはセレスティアの安全――他は切り捨てろ」
……はあ? その物言いに少し、引っかかる。
「――なんで賊が発生する? 金目のものを狙う野盗ならいざ知らず……機密を知らない外の連中には、ただのガキにしか見えないはずじゃねぇか」
ユクスの表情は変わらない。
女性兵士がほんの一瞬だけ口角を動かし、苦味を押し殺した仕草を俺は逃さなかった。
「オルビスも一枚岩ではないということだ。表立っては邪魔はしてこないと祈ってはいるがね」
「内ゲバまであんのかよ。思ったより魅力的な奉公先ではねぇってこった」
はじめ俺の計画としては総督府まで、最短の道を行きたかった。関係ない野盗のリスクも減らしたいが、確かにそれだと却って到着が遅れる……か。
アチラを立てればコチラが……なんてことを考えているうちに、ユクスが手を上げる。
「無駄口はここまでだ。――装備の確認をしたまえ」
隔壁の前に立ち、準備させた品の中から無骨な鉄仮面を取り出す。
――好都合な装備だ。
視界を細く切り取るスリット。顔半分を覆う、冷たく重い鋼鉄の板。
この仮面を着けるとき、護送任務の始まりとなる。
(……荷物だ。実験体だ。人間じゃない)
心の隙間から顔を出しかかっている温い感情を、無理やり押し返す。
俺は鉄仮面を顔に押し当てた。冷たい金属が皮膚を削り、息がこもる。視界は細く、世界は暗い。
隔壁が開く寸前、俺は振り返った。少女の視線が、こちらを覗いている。怯えでも、興味でもない。――真っ直ぐな目だった。
「明日の天気だって、視えてるんだろ?」
思わず突き放したかの様な物言いをしてしまう。セレスティアは驚いたように瞬きをしながら黙って俺を見ていた。
「じゃあ、この姿も見えたかよ」
仮面の奥で唇を歪める。
「俺の名前はアルマ。――そう呼びな。お荷物少女パッケージ・ガール、聖女サマ」
彼女の肩が、びくりと震えた。何か言いかけたようだが、隔壁の開く轟音がすべてを呑み込む。
白い光が闇を切り裂き、二人を照らす、外気は冷たい。錆びついた通路を、俺は前を歩き、少女は数歩後ろをついてくる。
無言。足音だけが響く。セレスティアが、ぽつりと声を落とした。
「……アルデリオ」
俺は返事をしない。
「アルマだ、その名は……悪目立ちするんでな。その為に仮面も着けてる」
「好きに呼べと言いたいが、普段から慣れてないとボロが出るだけだぜ」
冷たく言い放つ。背後で、少女の足音が一瞬だけ乱れた。
「……アルマ」
俺は無視しながら顔を背ける。
(俺の目的はひとつだ)
そう言い聞かせ、歩みを止めなかった。




