↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/25

― 頑張《がんば》ってるのに認められない ―


 夜の水族館《すいぞくかん》。

 貸し切りみたいに静かな館内《かんない》。

 青い光だけがゆらゆら揺《ゆ》れている。

 女の子が言う。

「私、頑張ってるのに誰も見てくれない」

 勉強《べんきょう》もしてる。

 家でも手伝《てつだ》ってる。

 嫌《いや》なことがあっても我慢《がまん》してる。

「なのに、誰も褒《ほ》めてくれない」

 猫がクラゲの水槽《すいそう》を見る。

「クラゲって、誰かに褒められるために光ってると思う?」

「え?」

「たぶん、ただ生きるためだよ」

 青白く光るクラゲ。

 静かに、ただ漂《ただよ》っている。

「きれい……」

「誰かに見てもらうために咲《さ》く花は苦しい」

 猫が言う。

「見てもらえないだけで、自分の価値《かち》まで揺《ゆ》らぐから」

 女の子は少し黙《だま》る。

「でも、見てもらいたいって思うのは悪いことじゃないよね?」

「もちろん」

 猫はうなずく。

「人は誰だって認められたい」

「うん」

「ただ、それだけがエネルギーになると苦しい」

 深海《しんかい》コーナーへ進む。

 暗い。

 でもそこに、小さく光る魚がいた。

「わぁ」

「深海魚《しんかいぎょ》ってね」

 猫が言う。

「誰も見てない場所でも生きてる」

「……」

「褒められなくても必要《ひつよう》な努力《どりょく》って、実はたくさんあるんだ」

「たとえば?」

「歯《は》を磨《みが》く」

「部屋《へや》を片づける」

「ありがとうって言う」

「ちゃんと寝《ね》る」

「人を傷つけないようにする」

「地味《じみ》だね」

「かなり地味だね」

 猫は真顔《まがお》でうなずく。

「でも、そういう積み重ねが人を作る」

 女の子はガラスに映《うつ》る自分を見る。

「でも、誰も褒めてくれない」

「未来の自分は褒めてくれるよ」

「え?」

「今の努力ってね」

 猫はゆっくり言う。

「未来の自分へのプレゼントみたいなものなんだ」

 女の子は目を丸くした。

「プレゼント」

「うん」

「今は誰にも見えなくても」

「……」

「積み重ねたものは、ちゃんと自分の中に残《のこ》る」

 姿勢《しせい》。

 言葉《ことば》。

 知識《ちしき》。

 習慣《しゅうかん》。

「磨かれた人って、あとから自然《しぜん》ににじみ出るんだよ」

「にじみ出る?」

「そう」

 猫は笑う。

「立ち居振《ふ》る舞《ま》いとかね」

「たしかに、なんか素敵《すてき》な人っている」

「そういう人は、見えない努力をたくさんしてる」

 女の子は少し考える。

「じゃあ、褒められないことにも意味があるんだ」

「かなりある」

「なんで?」

「褒められなくても続《つづ》けられるものは、本当に自分の力になるから」

 静かな水槽の前。

 魚たちがゆっくり泳《およ》いでいる。

「他人《たにん》の拍手《はくしゅ》は消える」

 猫が言った。

「でも、自分で積み上げたものは消えない」

 女の子は胸《むね》に手を当てる。

「自分で自分を認めるって、どうやるの?」

「小さな約束《やくそく》を守ることかな」

「約束?」

「今日はこれをやるって決める」

「うん」

「そしてやる」

「それだけ?」

「それだけ」

 猫は笑った。

「自信《じしん》って、そういう小さな成功体験《せいこうたいけん》の積み重ねだから」

「ゲームみたい」

「そうそう」

「アイテム集めだと思えばいい」

 女の子は笑った。

「私、まだレベル1かも」

「でも経験値《けいけんち》はたまってるよ」

 館内の出口《でぐち》が見えてきた。

「覚《おぼ》えておいて」

 猫が振り返る。

「努力は、必ずしも今すぐ花にならない」

「うん」

「でも根《ね》っこになることはある」

 女の子はゆっくりうなずいた。

「未来の私のために頑張ってみる」

「それがいい」

 猫は満足《まんぞく》そうに目を細める。

「未来の自分は、案外《あんがい》ちゃんと見てるからね」

 外に出ると、夜明け前《よあけまえ》だった。

 空が少しだけ明るい。

「なんか」

 女の子が空を見上げる。

「誰にも褒められなくても、少し頑張れそう」

「いいね」

 猫は伸《の》びをした。

「じゃあ今日は、未来の自分に何をプレゼントする?」

 女の子は少し考えて、笑った。

「まずは宿題《しゅくだい》かな」

「急に現実的《げんじつてき》!」

 ふたりの笑い声が、静かな朝に溶《と》けていった。

おしまい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。