― 完璧じゃないとダメなの? ―
その日、女の子は少しだけ不機嫌だった。
秋の帰り道。
空は高く澄んでいて、赤や黄色に色づいた葉っぱが風に揺れていた。
でも女の子の顔だけは、曇り空みたいだった。
「むむ。顔がへの字だにゃ」
白い猫が、石畳の上をてくてく歩きながら言った。
「だって……」
女の子は唇をとがらせる。
「今日ね、図工の時間に失敗しちゃったの」
「ほう」
「粘土で器を作ってたんだけど、最後にちょっとだけ形がゆがんじゃって」
「うん」
「もう全部ダメになった気がして」
女の子は小さくため息をついた。
「せっかくここまで上手くできてたのに」
「完璧じゃなくなっちゃった」
猫はしっぽをゆらした。
「なるほど」
「私ね」
女の子は少しだけうつむく。
「ちゃんとできないと嫌なの」
「失敗すると、自分までダメみたいに思える」
猫は少しだけ考える顔をした。
「じゃあ、旅に出よう」
「また?」
「本日も安心の無料プランです」
「なんでそこ強調するの」
女の子は少しだけ笑って、目を閉じた。
ふわり。
風が変わる。
目を開けると――
「わあ……」
そこは古い工房だった。
木の床。
やわらかな灯り。
棚にはたくさんの器が並んでいる。
丸いもの。
細長いもの。
少し歪んだもの。
「ここ、どこ?」
「器たちの世界」
「ざっくりしてるね」
猫は一つの器の前で立ち止まった。
「これ、見て」
女の子は器をのぞきこんだ。
「……割れてる」
白い器だった。
でも真ん中にひびが入り、その線だけが金色に光っていた。
「きれい……」
「だろう?」
猫は満足そうに言った。
「これは金継ぎっていうんだ」
「金継ぎ?」
「割れたり欠けたりした器を、金で修復する方法だよ」
女の子は目を丸くした。
「壊れたのに、捨てないの?」
「捨てない」
「なんで?」
猫は器を見つめる。
「壊れたことも、その器の歴史だから」
「歴史……」
「うん」
猫はやさしく続けた。
「割れなかった器にはない物語が、この器にはある」
女の子は金色の線を指でなぞった。
「たしかに……なんだか特別に見える」
「そうなんだよ」
猫はにやっと笑う。
「壊れたから価値がなくなるとは限らない」
「むしろ」
猫は少しだけ得意げに言った。
「壊れたことで、前より美しくなることもある」
「そんなことあるんだ」
「あるんです」
女の子はしばらく黙って器を見ていた。
まっすぐじゃない金の線。
少し曲がっていて。
でも、だからこそ綺麗だった。
「……でも」
女の子がぽつりと言う。
「やっぱり最初から完璧だったら、壊れないよね?」
「さて」
猫は棚の上から別の器を降ろした。
「これ見て」
つるんとした白い器。
左右対称で、形も整っている。
「わあ。きれい」
「完璧っぽいね」
「うん」
「でも」
猫は器を少し傾ける。
「持ちにくい」
「えっ」
たしかに。
見た目は綺麗だけど、つるつるしすぎて少し滑る。
「本当だ」
「見た目では完璧でも、使いやすさではそうじゃないかもしれない」
「……あ」
「逆に少し歪んでる器の方が、手になじむこともある」
女の子は少し考えた。
「じゃあ完璧って……」
「見る場所によって変わることがある」
猫はうなずいた。
「ある人には完璧でも、別の人にはそうじゃない」
「そっか」
「だからね」
猫はやわらかく言った。
「完璧って、絶対のものじゃないことも多いんだ」
工房の窓から月の光が差し込んでいた。
静かな夜だった。
「それに」
猫は棚を見上げる。
「最初から完璧なものって、たぶんほとんどない」
「そうなの?」
「うん」
「職人さんだって、最初から上手じゃない」
「……たしかに」
「何回も失敗して」
「何回もやり直して」
「少しずつ上手くなる」
猫は笑う。
「完璧は、出発点じゃなくてゴールなんだよ」
女の子の目が少し開いた。
「ゴール……」
「だから最初から持ってなくて当然」
「そうなんだ」
「うん」
猫はしっぽを揺らした。
「完璧を目指すのはいいことだよ」
「ほんと?」
「もちろん」
「でも」
猫は女の子を見る。
「完璧じゃない自分を嫌いすぎなくていい」
その言葉は、すっと胸に入ってきた。
「人ってね」
猫は少し空を見上げた。
「未完成だから美しいところもあるんだ」
「美しい?」
「伸びしろっていう余白があるから」
「余白……」
「まだ成長できるってことだよ」
女の子は自分の手を見た。
少し小さな手。
まだ未完成の手。
でも、だからこそ未来がある気がした。
「なんだか」
女の子は少しだけ笑った。
「完璧じゃなくてもいい気がしてきた」
「そうそう」
「失敗しても?」
「もちろん」
「曲がっても?」
「人間なんてだいたいちょっと曲がってる」
「それフォローになってる?」
女の子は吹き出した。
笑い声が工房に広がる。
「大丈夫」
猫はにっこりした。
「ひびが入っても、そこから光ることだってある」
ふわり。
また風が吹く。
気づけば、いつもの帰り道だった。
夕焼けが空を染めている。
「戻ってきた」
「おかえり」
女の子は少し空を見上げた。
雲の形は左右ばらばらだった。
でも、なんだか綺麗だった。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「私、また失敗するかな」
「すると思う」
「即答だ」
「でも」
猫は少し笑う。
「そのたびに少しずつ上手になるよ」
女の子はうなずいた。
「そっか」
「うん」
「完璧って、最初から持つものじゃないんだね」
「そう」
猫は歩き出す。
「たくさん失敗して、悩んで、少しずつ近づいていくものなんだよ」
女の子はその背中を見ながら、小さく笑った。
「じゃあ私」
一歩踏み出す。
「未完成のまま、進んでみる」
「いいね」
秋風がやさしく吹いた。
落ち葉がくるくる舞う。
少し欠けていても、
少し曲がっていても、
それでも世界はちゃんと美しかった。
女の子は空を見上げる。
今日の空は、少しだけやさしく見えた。
おしまい




