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嫉妬を越えて



 みんなに悪口を言われてる気がするの。


 女の子は、道ばたの小石をつま先でころころ転がしながら言った。

 空は青いのに、心だけ曇っていた。


「ホントにそうかな?」


 となりを歩く猫が、しっぽをゆらした。


「みんなって誰と誰と誰?」


「えっ……」


「それってホントにみんななの?」


「私は……みんなだと思う」


 猫は少しだけ笑った。


「人はね、心が不安になると“みんな”っていう大きな影を作っちゃうんだよ」


「影《かげ》?」


「うん。本当は数人かもしれないし、もしかしたら自分の想像かもしれないのにね」


 女の子は黙った。

 胸の中に、何かちくっと刺さった。


「どうしてこんなに苦しいんだろう」


「それはね、嫉妬(しっと)かもしれない」


「嫉妬《しっと》……?」


 猫は道端《みちばた》に咲く花を見つめながら話し始めた。


「嫉妬《しっと》にもいろいろあるんだ」


「いろいろ?」


「たとえば妬(ねた)みは、自分にないものを持っている人を見て苦しくなる気持ち」


「うん……」


「ジェラシーは、大切なものを取られそうで怖くなる気持ち」


「取られそうで怖い……」


「そしてもっと深くなると、心に恨《うら》みまで混ざることがある。そういうのを怨嫉(えんしつ)って言ったりする」


「なんだか怖い言葉だね」


「うん。心が暗い部屋に閉じこもっちゃったみたいになるからね」


 風が吹いて、葉っぱがさらさら鳴った。


「英語ではエンビーって言葉もあるよ」


「ジェラシーと違うの?」


「少し違う。エンビーは“あの人みたいになりたい、でもなれなくて苦しい”に近いかな」


「……ああ」


 女の子は、少しだけうつむいた。


「私、あるかも」


「うん。たぶん誰にでもある」


「でも、どうしたらなくなるの?」


 猫は立ち止まり、女の子を見上げた。


「まずね。誰かと比べるのをやめること」


「でも比べちゃうよ」


「そうだね。人間は比べる生き物だから」


 猫はあっさり言った。


「じゃあ無理なの?」


「いいや。比べること自体じゃなくて、“比べないと自分に価値がない”と思い込むのが苦しいんだ」


 女の子は目を丸くした。


「自分の価値を、いつも誰かとの上下で決めようとすると疲《つか》れるよ」


「上なら安心して、下なら落ち込む……」


「そう。そして時々、人は誰かを下に見ることで心を安定させようとする」


「……それって悲しいね」


「うん。だって本当は安心してないから」


 猫は空を見上げた。


「嫉妬《しっと》の根っこには、不安があることが多い」


「不安」


「自分に自信がない。自分で自分を信じきれない。だから誰かと比べて、自分の居場所を確認《かくにん》したくなる」


 女の子は静かに聞いていた。


「でもね」


 猫はやさしく続けた。


「その不安の多くは、幻《まぼろし》みたいなものなんだ」


「幻《まぼろし》?」


「うん。まだ起きてもいないことを怖がったり、勝手に価値がないと思い込んだり」


 猫は前足で自分の胸をとんとんした。


「本当は、今ここにいるだけで十分《じゅうぶん》価値があるのにね」


「……そんなふうに思えない日もあるよ」


「あるよね」


 猫は素直《すなお》にうなずいた。


「だからこそ、自分の宝物を見るんだ」


「宝物?」


「他の人が持っている宝物がきれいに見えることはある」


 猫は道ばたのガラス玉を拾った。

 太陽の光を受けて、きらりと光った。


「でも、それが自分にふさわしいとは限《かぎ》らない」


 そして女の子の手に、小さな木の実をのせた。


「君には君の宝物がある」


「こんなの……?」


「思い出」


「……」


「経験《けいけん》」


「……うん」


「出会った人」


「……」


「心でつながれたこと」


 女の子の目が少しだけやわらかくなった。


「それも全部、財産《ざいさん》なんだよ」


 胸の奥が、少しあたたかくなった。


「私は私でいいのかな」


「もちろん」


 猫はにっこりした。


「誰かになる必要はないんだ」


「誰かと比べなくても?」


「うん」


「置いていかれても?」


「人生は競走(きょうそう)じゃないからね」


 女の子は、ふっと笑った。

 なんだか少しだけ、荷物が軽くなった気がした。


「嫉妬《しっと》って、なくさなきゃいけないの?」


「なくさなくてもいいよ」


「え?」


「嫉妬《しっと》は“本当は自分が何を大切にしたいか”を教えてくれることもあるから」


「じゃあ悪いだけじゃないんだ」


「うん。ただ、そこに捕《と》らわれないこと」


 猫は歩き出した。


「嫉妬《しっと》に飲まれるんじゃなくて、自分を知るヒントにするんだ」


 夕焼けが道をオレンジ色に染める。


「それを乗り越えた先にね」


 猫は少しだけ振り返った。


「本当の幸せが待ってるよ」


「本当の幸せ?」


「誰かより上だから幸せなんじゃない」


 猫は笑う。


「ただ、自分自身として生ききれること」


 女の子は空を見上げた。


 さっきまで曇っていた心に、少しだけ光が差していた。


「ねえ、猫さん」


「なあに?」


「私、自分の宝物探してみる」


「いいね」


「きっともう持ってるんだよね?」


「うん。たぶん、気づいてないだけ」


 ふたりはまた、ふしぎな道を歩き出した。


 まだ知らない景色の向こうへ。


 自分だけの宝物を見つけるために。

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