― 生きがいって必要《ひつよう》なの? ―
夏だった。
空はどこまでも青く、入道雲がもくもくと大きく広がっていた。
「わあ……!」
女の子は思わず声を上げた。
一面のひまわり畑。
黄金色の花たちが、まるで海みたいにどこまでも続いている。
風が吹くたび、ざわざわと花が揺れた。
「すごいね」
「今日は元気が出そうな場所にしてみました」
猫は得意げに言った。
「夏っぽいでしょ」
「うん。なんか見てるだけで元気になる」
女の子はひまわりを見上げた。
大きな花はみんな同じ方向を向いている。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「生きがいって必要なのかな」
猫は少し首をかしげた。
「急に深いね」
「なんかさ」
女の子は歩きながら言った。
「生きがいがある人って、強そうに見える」
「ほう」
「夢とか、やりたいこととか」
「好きなこととか」
「うん」
「そういうのがある人って、なんかキラキラして見える」
猫は小さく笑った。
「たしかにね」
「でも私、今はっきりこれ!ってないかもしれなくて」
女の子は少し困ったように笑う。
「そういうときってダメなのかなって」
「全然ダメじゃないよ」
猫は即答した。
「え、そうなの?」
「うん」
猫はひまわりを見上げた。
「まず、生きがいがなくても人は生きられる」
「そうなんだ」
「かなり普通」
「なんだ、安心した」
「ただし」
猫は前足を立てる。
「あると少し元気が出やすい」
「元気」
「うん」
「明日ちょっと楽しみだな、とか」
「うん」
「これ頑張ろうかな、とか」
「うん」
「そういう小さなエネルギーになる」
女の子は納得したようにうなずいた。
「たしかに」
「だから生きがいって」
猫は少し考えてから言った。
「人生のエンジンみたいなものかな」
「エンジン」
「なくても押せば進めるけど」
「押すの大変そう」
「かなり大変」
「あると?」
「少し動きやすい」
女の子は笑った。
「わかりやすい」
ふたりはひまわり畑の小道を歩く。
空から強い日差しが降り注ぐ。
「でもさ」
女の子が聞いた。
「生きがいって、一個決めなきゃいけないの?」
「そんなルールはないよ」
「え?」
「人間は変わる生き物だからね」
猫はひまわりの葉っぱに触れた。
「子どもの頃好きだったものと」
「大人になって好きなものが違うことなんて普通だ」
「たしかに」
「だから生きがいも変わっていい」
「変わっていいんだ」
「むしろ自然」
猫はにっこりした。
「昔はゲームが生きがいだった人が」
「うん」
「大人になって家族や仕事や趣味になることもある」
「なるほど」
「100歳でも新しい生きがいを見つける人もいる」
「100歳でも!?」
「人間、意外とずっと成長途中だからね」
女の子は少し目を丸くした。
「なんかいいね、それ」
「うん」
風が吹いた。
ひまわりたちがいっせいに揺れる。
「見て」
猫が花を指さした。
「ひまわりって、ずっと同じ方向だけ見てるわけじゃないんだよ」
「え?」
「太陽に合わせて向きを変える」
「そうなんだ」
「だから」
猫はやさしく言った。
「光のほうへ向かう、っていうのが大事なんだ」
「光のほう」
「最初から完璧に道が見えてなくてもいい」
「うん」
「なんとなく心が少し明るくなる方向」
「明るくなる方向」
「少し元気になるもの」
「ちょっと楽しいもの」
「少しやってみたいもの」
「……」
「そういうものを追いかけていくうちに、生きがいになることもある」
女の子は立ち止まった。
「じゃあ」
「うん?」
「生きがいって、最初から見つけるものじゃなくて」
猫はうなずく。
「育てるものかもしれないね」
「育てる」
「そう」
猫は満足そうだった。
「いきなり人生をかける何かを探さなくてもいい」
「なんか安心する」
「今日はこのお菓子楽しみだな、でもいいし」
「スケール小さくない?」
「かなり立派だよ」
女の子はくすっと笑った。
「小さい楽しみって、意外と人生を支えてるからね」
「そうかも」
「積み重なると、大きな生きがいになることもある」
女の子は空を見上げた。
まぶしい太陽。
どこまでも青い空。
「猫さん」
「なあに?」
「今はまだ、すごい生きがいとかないかもしれないけど」
「うん」
「少し心が明るくなるものを集めてみようかな」
「いいね」
「それがそのうち、生きがいになるかもしれないし」
「そうそう」
猫はしっぽを揺らした。
「人生って、わりとそういうものだ」
「適当だなあ」
「でも本当だよ」
女の子はひまわりを見つめた。
みんな太陽のほうを向いている。
まっすぐじゃなくてもいい。
途中で向きを変えてもいい。
ただ、自分の心が少しでもあたたかくなる方向へ。
「なんか少しわかった気がする」
「それはよかった」
「生きがいって」
女の子は笑った。
「生きなきゃいけない理由じゃなくて」
「うん」
「生きるのが少し楽しくなる理由なのかもね」
猫は満足そうに目を細めた。
「名言っぽい」
「でしょ?」
風が吹く。
ひまわり畑が金色の波みたいに揺れた。
ふたりはその中を、ゆっくり歩いていった。
それぞれの光を探すみたいに。




