表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/25

― どうして人は嘘をつくの? ―



 空はどこまでも青かった。

 白い雲のあいだを、一艘いっそうの大きな飛行船ひこうせんがゆっくり進んでいく。

「わあ……」

 女の子は窓にはりついた。

 下には小さな町や森、川や畑がまるでおもちゃみたいに広がっている。

「すごいね。全部ぜんぶ小さく見える」

「高いところから見ると、細かいことが少し見えやすくなるんだよ」

 猫は丸い椅子いすの上でくつろぎながら言った。

「今日は空の授業じゅぎょうだにゃ」

「また急だね」

 女の子は笑ったあと、少しだけ真面目まじめな顔になった。

「ねえ、猫さん」

「なあに?」

「どうして人ってうそをつくの?」

 猫は少しだけ目を細めた。

「ふむ。なかなか大きな質問しつもんだ」

「嘘ってよくないことでしょ?」

場合ばあいによるね」

「え?」

 女の子は振りふりかえった。

「嘘って悪いものじゃないの?」

「全部まとめて“悪”にすると少し乱暴らんぼうかな」

 猫はしっぽを揺らした。

「嘘にもいろいろあるんだ」

「いろいろ?」

「たとえば優しい嘘」

「優しい嘘?」

「うん」

 猫は窓の外を見た。

病気びょうきの人に“きっとよくなるよ”って言うことがある」

「でも本当になおるかわからないよ?」

「そう」

「じゃあ嘘?」

「場合によってはね」

 女の子は少し考えた。

「でも、それは相手あいてを元気づけたい気持ちかも」

「そういうこと」

 猫はうなずいた。

希望きぼうを守るための嘘もある」

「なるほど……」

「次に、自分を守る嘘」

「それは?」

宿題しゅくだいやってないのに“やった”って言うとか」

「それはダメなやつだ」

 女の子が即答そくとうした。

 猫は笑った。

おこられたくない」

きらわれたくない」

失敗しっぱいしたと思われたくない」

「……」

「人は怖いとき、自分を守るために嘘をつくことがある」

 女の子は少しうつむいた。

「それ、ちょっとわかるかも」

「だろうね」

 猫はやさしく言った。

「嘘って、弱さから生まれることも多いんだ」

「弱さ」

「本当の自分を見せるのが怖いんだよ」

 飛行船は雲を抜けた。

 光が船内にふわっと差しむ。

「じゃあ全部、ゆるされるの?」

「いや」

 猫の声が少しだけ静かになる。

悪意あくいの嘘もある」

「悪意」

「人をだますための嘘」

「人をとし入れるための嘘」

「自分の利益りえきだけのための嘘」

 女の子はまゆをひそめた。

「それは嫌だな」

「うん」

「そういう嘘は、人との信頼しんらいこわす」

「信頼」

「信頼ってね」

 猫はテーブルの上の積み木をひとつ持ち上げた。

「こうやって少しずつ積み上がるものなんだ」

 ことん。

 ことん。

 小さく積み上がる。

「でも嘘は」

 猫がひとつ抜く。

 がたっ。

 積み木がくずれた。

「あ」

「一回で崩れることもある」

「……怖いね」

「だから嘘は便利べんりだけど、あつかいが難しい」

 女の子は窓の外を見た。

 遠くににじがかかっていた。

「でもさ」

「うん?」

「人ってなんで、そんなに嘘をついちゃうんだろう」

 猫は少し考えた。

「本当のことって、時々《ときどき》すごく重いからかな」

「重い?」

「本当のことを言うときずつくことがある」

「……」

責任せきにんが生まれることもある」

「……うん」

「だから人は、時々嘘というクッションを置く」

「クッション」

「心が痛すぎないようにね」

 女の子はだまった。

「でも」

 猫は続けた。

「クッションばかり置いてると、いつか本当のゆかが見えなくなる」

「床?」

「つまり現実げんじつだよ」

「ああ」

「嘘を重ねすぎると、自分でも何が本当かわからなくなる」

 女の子は少しぞっとした。

「それは嫌だな」

「うん。だから大事なのは」

 猫は前足をぴんと立てた。

「嘘を見分ける知恵ちえを持つこと」

「どうやって?」

「まず、整理せいりする」

「整理?」

「いつ」

「うん」

「どこで」

「うん」

「誰が」

「うん」

「何を言ったか」

「……探偵たんていみたい」

「だいたい人間関係にんげんかんけい問題もんだいは、整理すると見えやすくなる」

 猫は得意とくいげだった。

「それから証拠しょうこ

「証拠?」

「言葉だけじゃなくて、現実を見る」

「現実」

「その人の行動こうどう

結果けっか

「積み重ね」

「口では優しいことを言ってても?」

「行動がともなわないなら考える余地よちあり」

きびしい」

「言葉は空を飛べるからね」

「今まさに飛んでるけど」

「そうだね」

 ふたりは少し笑った。

 しばらく沈黙ちんもく

 飛行船は静かに空を進む。

「じゃあ」

 女の子が小さく聞いた。

「私は嘘ついちゃダメ?」

「そんなことはないよ」

「え?」

「人間はときどき嘘をつく生き物だ」

「そうなの?」

成長せいちょう途中とちゅうでもある」

「へえ」

「大事なのは」

 猫はやわらかく言った。

「その嘘が何を守ろうとしてるのか知ること」

「何を守るか」

「誰かの心なのか」

「自分の弱さなのか」

「それとも自分の利益だけなのか」

 女の子は静かに考えた。

「……ちゃんと考えないといけないんだね」

「そう」

「嘘そのものより、そのおくを見る」

 飛行船の窓に夕日ゆうひうつる。

 空がオレンジ色にまっていく。

「猫さん」

「なあに?」

「本当のことって、時々怖いね」

「かなり怖いね」

「でも」

 女の子は少し笑った。

「本当のことを言える人って、ちょっと強い気がする」

「うん」

 猫はうれしそうに目を細めた。

本音ほんねを扱える人は、少しずつ強くなる」

「そっか」

「嘘が悪いんじゃない」

「うん」

「嘘に飲みまれるのが危ないんだ」

 女の子は空を見上げた。

 広い空。

 どこまでも続いていく青。

「少しだけわかった気がする」

「それはよかった」

 飛行船は夕焼ゆうやけの中をゆっくり進んでいった。

 本当のことと、嘘のあいだを旅するみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ