― 不安って消せるの? ―
目を開けると。
「うわ……真っ白」
そこは深い霧の中だった。
白いもやが、あたり一面を包んでいる。
数メートル先すら見えない。
「どこここ」
「霧の谷だよ」
猫は当然みたいに言った。
「名前そのままだね」
「わかりやすさ重視です」
女の子は少し笑ったけれど、すぐに不安そうに周囲を見回した。
「なんか落ち着かない」
「どうして?」
「先が見えないから」
猫はしっぽを揺らした。
「なるほど」
ふたりは細い道を歩き始めた。
足元だけがなんとか見える。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「私ね」
「うん」
「未来のこと考えると、不安になる」
猫はうなずいた。
「たとえば?」
「将来どうなるんだろうとか」
「うん」
「お金とか」
「うん」
「仕事とか」
「うん」
「健康とか」
「かなりフルコースだね」
女の子はため息をついた。
「あと人間関係も」
「なるほど」
「何をされるかわからない人とか、ちょっと怖い」
猫は少しだけ真面目な顔になった。
「不安ってね」
「うん」
「全部なくさなくていいんだよ」
「え?」
女の子は立ち止まった。
「なくさなくていいの?」
「うん」
「だって不安って」
猫は霧の向こうを見る。
「未来の危険予知みたいなものだから」
「危険予知」
「この先ちょっと気をつけたほうがいいかも、って教えてくれる機能」
「じゃあ必要なの?」
「かなり必要」
女の子は少し驚いた顔になる。
「不安がまったくないと」
「うん」
「崖にも気づかず突っ込むかもしれない」
「それは困る」
「でしょう?」
猫は満足そうにうなずいた。
「だから問題は」
「うん」
「不安があることじゃない」
「え?」
「不安に飲まれること」
霧の中、風が少し吹いた。
「飲まれる?」
「不安が大きくなりすぎると」
「うん」
「頭の中が全部それになる」
「……あるかも」
「だからまず」
猫は前足を上げる。
「その不安は、対策できるか考える」
「対策」
「できる不安と」
「うん」
「できない不安がある」
女の子は少し考えた。
「たとえば?」
「災害」
「うん」
「完全には止められない」
「たしかに」
「でも備えることはできる」
「避難グッズとか?」
「そうそう」
「なるほど」
「将来のお金も同じ」
「お金」
「未来を完全に保証はできない」
「うん」
「でも貯金したり、勉強したり、働ける力を育てたりはできる」
女の子は静かに聞いていた。
「健康もそう」
「うん」
「未来に病気ゼロは約束できない」
「うん」
「でも体を整えることはできる」
「睡眠とか」
「食事とか」
「運動とか」
「かなり地味だけど強い」
女の子は少し笑った。
「不安って」
「うん」
「行動に変えると少し小さくなるんだ」
「そういうこと」
霧の中をまた歩く。
すると道が二つに分かれた。
「どっち?」
「右かな」
「なんで?」
「なんとなく」
「適当だなあ」
「人生そんな日もある」
ふたりは右へ進んだ。
「でも」
女の子は少し不安そうに言う。
「どうにもできない不安もあるよね」
「あるね」
「たとえば?」
「他人」
「ああ……」
女の子はすごく納得した顔をした。
「何考えてるかわからない人とか」
「うん」
「急に攻撃してくる人とか」
「うん」
「そういう不安は」
猫は静かに言った。
「全部わかろうとしなくていい」
「え?」
「距離を取る」
「距離」
「離れる」
「うん」
「環境を変える」
「引っ越しとか?」
「場合によってはね」
女の子は目を丸くした。
「そんなに?」
「自分を守るのは大事だから」
猫はやさしく言う。
「全部向き合う必要はない」
「逃げてもいい?」
「戦略的撤退です」
「言い方かっこいい」
「猫はだいたい撤退がうまい」
女の子は少し笑った。
しばらく歩くと。
「あ」
霧が少し薄くなった。
「見えてきた」
遠くに、やわらかな光が見える。
「出口?」
「たぶんね」
猫が言う。
「未来って」
女の子は霧の向こうを見つめた。
「ずっと見えないままだと思ってた」
「うん」
「でも、一歩ずつ進めば少しずつ見えるんだね」
「そう」
猫はうなずく。
「全部見えなくていい」
「え?」
「足元が少し見えれば、とりあえず歩ける」
女の子は少しだけ安心した顔になる。
「そっか」
「未来全部を今わかる必要はないんだよ」
「うん」
「今日できることを少しやる」
「うん」
「それだけでもかなり強い」
霧が晴れていく。
空が少し見えた。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「不安って消さなくていいんだね」
「うん」
「持ったまま進めばいい」
猫はにっこりした。
「それが大人になるってことかもしれないね」
女の子は胸に手を当てた。
不安はまだある。
でも前より少しだけ軽かった。
完全に消えなくてもいい。
一緒に歩けるなら、それで




