― 夢ってかなえなきゃ意味ないの? ―
ふたりが目を開けると、そこは宇宙だった。
大きな窓の向こうに、青い星が静かに浮かんでいる。
白い雲。青い海。夜の街の灯り。
「わあ……」
女の子は窓にぺたりと手をついた。
「ここ、宇宙ステーション?」
「そうだよ」
猫は無重力でもなぜか普通に座っていた。
「猫はだいたい宇宙にも対応している」
「対応範囲広すぎない?」
女の子は少し笑ったけれど、すぐに表情が曇る。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「夢って、かなえなきゃ意味ないのかな」
猫はしっぽをゆらした。
「どうしてそう思ったの?」
「だって」
女の子は窓の外を見る。
「かなわなかったら失敗みたいじゃない?」
「なるほど」
「頑張っても届かなかったら、全部無駄になる気がするの」
猫は少し考えた。
「じゃあ聞くけど」
「うん」
「宇宙飛行士になりたくて勉強した人が、最終的になれなかったとする」
「うん」
「その人は、本当に何も得てないかな?」
女の子は少し考える。
「勉強した知識とか……?」
「そう」
「努力する習慣とか」
「そうそう」
「我慢強さとか」
「うん」
猫はにっこりした。
「夢ってね、ゴールでもあるけど、道でもあるんだよ」
「道?」
「夢に向かって歩く途中で、人は少しずつ変わる」
猫は窓の外の地球を見る。
「たとえば、宇宙に行きたいって夢があったから、勉強する人がいる」
「うん」
「体を鍛える人がいる」
「うん」
「英語を覚える人もいる」
「うん」
「その全部が、その人を作る」
女の子は黙って聞いていた。
「夢がかなわなくても」
猫は静かに言う。
「夢に向かった時間は、その人の中に残るんだ」
「残る」
「筋肉みたいにね」
「夢って筋トレなの?」
「だいたいそんなもの」
「雑だなあ」
女の子は少し笑った。
「でも、かなったら終わりじゃないよね」
猫は続ける。
「夢は近づくと、目標になる」
「目標」
「さらにかなうと、現実になる」
「現実」
「現実になるとね」
猫は少し真面目な顔になる。
「楽しいだけじゃない」
「え?」
「責任が生まれる」
「責任」
「仕事になったり、結果を求められたり」
「たしかに」
「夢って、遠くから見るときらきらしてるけど」
猫は宇宙を見上げた。
「近づくと、ちゃんと重力がある」
「宇宙なのに?」
「そこは雰囲気で」
女の子は吹き出した。
「だからね」
猫はやさしく続ける。
「夢がかなった人が偉いわけじゃない」
「……」
「夢に向かって、自分を育てた人はみんな価値がある」
女の子の目が少し丸くなる。
「かなわなくても?」
「もちろん」
「でも悔しいよ」
「うん。悔しいのは自然だよ」
猫は素直にうなずいた。
「でもね」
「うん」
「かなわなかった夢って、別の道の材料になることが多い」
「材料?」
「宇宙飛行士になれなくても、科学者になるかもしれない」
「うん」
「先生になるかもしれない」
「うん」
「宇宙の本を書く人になるかもしれない」
女の子は少し考える。
「夢って、一個の形だけじゃないんだね」
「そう」
猫は満足そうに笑う。
「夢は、自分の輪郭を教えてくれるものでもある」
「輪郭」
「自分が何に心を動かされるか」
「何が好きか」
「何に時間を使いたいか」
「……」
「それを知れるだけでも、かなり大きい」
女の子は窓の向こうの地球を見る。
青くて、丸くて、とてもきれいだった。
「夢って」
女の子はつぶやく。
「かなえるためだけにあるんじゃないんだね」
「うん」
「自分を作るためにもある」
「そうそう」
猫は目を細めた。
「夢は未来の完成図じゃない」
「え?」
「未来の自分に向かう、地図みたいなものだよ」
女の子は少しだけ笑った。
「いいね、それ」
「たまにはいいこと言う猫なんです」
「たまに?」
「基本はかわいさ担当」
「自覚あるんだ」
ふたりはしばらく並んで、宇宙から地球を見ていた。
とても静かだった。
「ねえ、猫さん」
「なあに?」
「私も夢、持っていいかな」
「もちろん」
「かなうかわからなくても?」
「むしろ、それが普通だよ」
猫はにっこり笑う。
「わからないから、夢なんだ」
女の子は胸に手を当てた。
そこに、小さな光がある気がした。
まだ形になっていない。
でも、たしかにあたたかい。
「じゃあ私」
女の子は地球を見つめながら言った。
「少しずつ進んでみる」
「うん」
「夢に向かって」
猫は満足そうにしっぽを揺らした。
「それで十分」
窓の向こうで、太陽の光が地球のふちを照らしていた。
まるで新しい朝みたいに。




