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そして覇者になる ~織田信長の物語~  作者: ノーネアユミ
第四章 元亀争乱編

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9 比叡山焼打ち

 延暦寺を焼打ちしますのでもちろん残酷な場面があります。

 信長はその間、山城に籠る浅井軍に対して大きな行動をおこせていない。

 越前との連携を断つための放火くらいだ。


 要害(ようがい)の小谷山城にこもられては手の出しようがない。山を取り囲もうにも、他の城や砦がはばむ。



「さすが浅井長政。スキが作れぬわ」


 敵のしたたかさは信長も認めざるを得ない。


志賀(しが)の陣でワシがあやつに勝てなかったのはなぜじゃ?)


 信長は自らに問いかける。


(小谷城に攻めこむのが難しいのは敵の連携が優れていたからだ)


 だったらその連携を崩せばよい。


(今なら個別攻撃が可能。1番簡単に倒せそうなのは‥)



 それは延暦寺だった。


 延暦寺の僧兵が周囲を威圧していたのは平安時代の話。この当時はそこまでの人数がいないし、戦いを率いることになれたリーダーもいない。


 比叡山は広いが、浅井勢の砦を攻めることに比べれば楽にできる。

 そして浅井とは和睦を結んだままだし、信長には延暦寺を攻める大義名分があったのだ。




「なぜそなたらは信長に反抗した」


 延暦寺座主(ざす)である覚恕(かくじょ)は怒った。

 延暦寺は歴史が深い。その分派閥の断絶も激しかった。

 寺のトップである座主にもまとめ切ることは難しい。


「く、麻呂(まろ)に相談してくれれば信長の中立案を飲んだと言うのに‥」


「いやいあ、全山焼くなど正気の沙汰(さた)ではござりませぬ。口だけではありませぬか?」

「まあそうであろう。我らは仏の加護を得ておるのだ。信長などおそるるに足らず」


 僧侶たちのあまりの楽観視に覚如は絶望する。


「そちらは武士(もののふ)を知らぬ、奴らは神仏さえ恐れぬのじゃ」


 覚恕は兄である正親町(おおぎまち)天皇に助命を求めて山を下りた。




「親王様が下山された。攻撃は今じゃ」


 比叡山まで進軍していた信長は寺に攻め入る。


「ワシは延暦寺に対して味方になれば押収した領地を返すと誓った。それが無理なら中立を取って欲しいと朱印状まで用意した。だが奴らはことごとく無視しおったのじゃ」


 そしてその時、どちらにも従わず浅井・朝倉をかくまい続けるのであれば全山ことごとく焼くと、宣言したのだ。


「今こそ誓いを守る時!」


 神へ誓った言葉をたがえてはいけない。それこそが信長の持つ大義名分だった。



 元亀二年九月十二日の早朝、信長はまず比叡山の(ふもと)である上坂本を攻める。

 そこから山を登り、日吉社や東塔に放火した。


 比叡山は広く全体を攻めることは至難の業。なので信長は使える勢力を全部ぶつけた。

 武器を持たない僧侶は根本中堂(こんぽんちゅうどう)にこもり経を唱えたが、武力の前にはなすすべがない。


 僧侶や信者、3千人以上が命を落とす。



「ワシはそもそも中立と言う逃げ道を用意したのに逆らいおった」


 まー信長に八つ当たりの部分がないとは言えない。翌日は焼け残った寺まで念を入れて燃やした。




「この者たちの処分はいかがいたしましょう」

「私どもは関係ございません!」


 家臣が美女や童子を集め、扱いを信長にたずねて来た。

 延暦寺の僧は俗世(ぞくせ)を離れた身でなんと色事にふけっていたのだ!


「どういたします、この者らの命まで取るのは少々もったいないかと」


 命ごいを申し出る家臣もいたが、信長は皆殺しを命じる。

 延暦寺は天台宗の寺。そしてこの山は女人禁制と言うか色欲そのものを禁止されている場所。


「仏に仕えながら禁制を破る者、破戒僧と共に罪を犯す者、みな同罪じゃ」


 麓の坂本から逃げて来た避難民ならともかく、信長は寵姫(ちょうき)寵童(ちょうどう)まで許さなかった。




 貴重な仏具を持って逃げのびた僧もかなりいたようだが、堂にこもり祈りの力だけで助かることを願った僧侶は全滅した。


 神仏の力が、世俗の権力に負ける。それは周りの民衆にとって衝撃を与える出来事であった。



 これにより、比叡山の力は完全に失われる。

 歴史ある伽藍(がらん)や仏具が失われ、平安時代から延々と続いた勢力は完全に消え去った。

 復興も中々許されず、豊臣秀吉の時代まで待たされることになるのだ。



信長公記にはたしかに女子供も皆殺しにしたと書いてありますが、あそこにいた女子供ってただの民間人じゃないのですよ。某大河ドラマ×2の溜飲を晴らしています。

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