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そして覇者になる ~織田信長の物語~  作者: ノーネアユミ
第四章 元亀争乱編

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8 信長、反撃する

 信長はあきらめたのだろうか? いやそれはない。

 この時の撤退(てったい)はあくまで疲弊(ひへい)した軍を立て直すためであった。


「一に憂(うれ)きこと金ケ崎、二に憂きこと志賀の陣、三に野田福島の退(の)き口」


 信長の敗北で作られた歌だ。恨(うら)みのほどを表している。

 信長は冬の間ずっと軍を立て直し調略(ちょうりゃく)を続ける。



 これ以上寺社の離反(りはん)は防(ふせ)がなくてはならない。


「興福寺(こうふくじ)から薪能(たきぎのう)を復活させて欲しいと頼まれております。お認めになられればより一層(いっそう)味方として励(はげ)むことでしょう」


 松永久秀の進言(しんげん)を受け入れ、興福寺には薪能の許可を出す。



「お館(やかた)様、佐和山(さわやま)城の磯野(いその)と話し合いが成立しました」


 丹羽(にわ)五郎左(ごろうざ)が磯野員昌(かずまさ)の調略(ちょうりゃく)に成功した。交通の要所(ようしょ)を確保したのは喜(よろこ)ばしい。

 佐和山城は功労者(こうろうしゃ)の丹羽五郎左に引き継(つ)がせ、磯野には別の領地を与える。




「本願寺に打撃(だげき)を与えられるのは誰だと思う」


 評定(ひょうじょう)の場で家臣に問いかけもした。


「本願寺なら加賀(かが)にも勢力を伸(の)ばしているので、その北ではどうでしょう」

「うむ、ワシもそれを考えておった。彼(か)の方に連絡を取るか」


 加賀の国のさらに北、越後(えちご)の国を治めるは上杉謙信(けんしん)だった。

 ゲームとかで良く軍神とか呼ばれている戦(いくさ)特化型(とっかがた)天才の。

 信長はさっそく越後と連絡を取る。上杉謙信は越中(えっちゅう)に攻めこむことで加賀を狙(ねら)った。本願寺から信長に反抗する余裕がなくなる。



 敵側も和ぼくなど信じてはいない。


 浅井長政は五月、一向(いっこう)一揆勢(いっきぜい)を率いて姉川に進軍する。横山城を攻めるため。

 まあその横山城を守っていたのは木下秀吉だ。後の豊臣秀吉はたった五・六百の兵で五千人の一揆勢をけちらしたとか。

[*本願寺の勢力が浅井と仲たがいした説あり。秀吉が自分の活躍(かつやく)を盛りに盛ったかも☆]



 信長は長島の本願寺を攻める。長島は木曽川(きそがわ)の中州(なかす)を拠点(きょてん)にしている。

 木曽川は美濃(みの)と尾張(おわり)の国境。ここを押さえられては信長の本拠地である尾張や美濃が襲撃(しゅうげき)されてしまうのだ。兵を集めるのも苦労する。


 前年、大阪の本願寺と和ぼくした時に、長島は兵を退(ひ)かなかった。


(なぜだ? あれで退いてくれれば、弟は死なずにすんだ)


 本願寺との和睦は十一月十三日には結(むす)ばれていたのに、城を落とされたのは二十一日だ。

 情報が伝わるのが遅いだけの問題ではない。


(顕如(けんにょ)は、地方の寺を掌握しているわけではないのか?)


 調べれば、そもそも本願寺には個々の寺はその場所の守護や地頭に従う規則があった。


(それならワシに従うのが道理。ここで長島を攻めても顕如は口を出せない)



 進軍は木曽川の増水に寄り失敗したが、やはり大阪の本願寺は蜂起(ほうき)しない。


 まあ顕如もだまって長島が攻撃されるのを聞いていた訳ではない。朝倉家の娘と自分の息子の縁組を結び、将軍義昭にも接近している。ただ直接信長と敵対はしなかっただけ。


 しかし長島の勢力だけであっても、信長は勝てなかった。木曽川が天然の防壁(ぼうへき)になっているから。




 そして長島だけでなく小谷城攻めもうまく行かない。

 織田軍が拠点としている横山城だが、嵐に見舞(みま)われた。城が損壊(そんかい)してしまう。


「無理はできぬな」



 そしてこのクソ面倒(めんどう)くさい時期に、松永久秀が裏切(うらぎ)った。



「松永久秀が、三好義継(よしつぐ)と共に和田殿の高槻(たかつき)城を攻めました」

「なぜじゃ?」


 信長には分からない。

 将軍は大和の勢力を取りこむため、筒井順慶(つついじゅんけい)へ養女を縁づかせている。

 で、その筒井と松永久秀は、長年筒井城を奪い合う仇敵(きゅうてき)だったのだ。


「あやつだけには大和(やまと)を渡さぬ!」


 松永は将軍に反旗をひるがえし、将軍直属の家臣である和田惟政(これまさ)の城を奪おうとする。

 信長は家老の佐久間信盛(のぶもり)を送った。


 対して松永久秀は戦いもせずあっさりと退く。

 松永には信長の強さが分かっていた。本気で激突(げきとつ)したら、必ず自分が負ける。

 なので将軍義昭は攻撃しても、信長との戦いは徹底的(てっていてき)に避(さ)けまくった。


 後(のち)に信長から許(ゆる)されたのはそのためだろう。



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