2 金ケ崎の退き口
「お館様、浅井軍の様子がおかしいと報告が」
「何じゃ」
木の芽峠を越えている最中に側近が近寄り伝える。
「その、連絡におもむいた使者が浅井軍から追い返されました」
「は? なぜじゃ」
「どうも‥ 裏切りではないかと」
「裏切り? 誰が? 誰を?」
「長政殿が、お館様を」
それでも信長は納得できなかった。
確かに領地を接する浅井と朝倉に親交はあるのは不思議ではない。
しかし戦国の世ではそんな情は意味をなさず、今現在の同盟の方を優先する。
信長は義弟の野心を見誤っていたのだ。
「義兄上の強さは疑わないが、それゆえ脅威でもある」
浅井長政にとって信長は、ただの信頼できる同盟者ではなかった。
信長の軍事力があれば畿内を押さえるのは時間の問題。
しかしそうなると、浅井領を広げる機会は失われてしまう。
信長も義弟には朝倉の領土をある程度は与えるかもしれない。しかし重要拠点は織田家が全て抑えてしまうのは目に見えていた。
長政はつぶやく。
「朝倉を倒したところで手に入るのは越前の一部だろうが、今信長を討てば、美濃と尾張がそっくり手に入る、な」
浅井長政は一世一代の賭けに出たのだ。
軍才があるからこそ分かるのだろう。
朝倉をはさみうちにできる策は、裏を返せば信長のはさみうちを可能にすることに。
「殿、浅井軍が裏切りました! どういたしましょう!」
「近江の城に放火されています、敵は六角、浅井と示し合わせたかと」
信長が半信半疑でいる内に、裏切りの知らせが次々と届く。
(長政め、六角も引き入れたか)
ある意味用意周到すぎる。この裏切りは急遽決まったことではない。
信長が若狭に進軍したあたりから計画は練られていたのだろう。
「ええい撤退じゃ! しんがりは‥池田勝三郎!」
幼馴染の勝三郎に兵3千を預ける。
「わたくしめにもお命じ下され!」
「そなたは‥明智十兵衛! 分かった、池田軍を補佐しろ」
明智は義昭の家来だが器用に何でもこなす。信長も重宝していた。
「それでは皆の者‥」
「それがしも!」
退却を宣言しようとした信長の前にサル顔の小男が躍り出た。
(えっとこいつは京奉行に任じた木下‥誰だったっけ? まあやる気のある奴にはやらせよう)
「分かった、任せるぞ。勝三郎、十兵衛、あとえっと‥サル!」
「は、この木下藤吉郎秀吉にお任せあれ!」
信長は撤退を始める。が、問題はもう一つあった。
「お館様、どちらに向かいましょう?」
「朽木以外あるまい」
そう、問題はどこに逃げるか。
琵琶湖東沿いの街道からは浅井軍が迫ってくる。
西の若狭は制覇した直後。逃げなどしたら今度は猛攻撃を受ける。
「しかしそちらも浅井の領地ですぞ」
「他にどこが通れる! 黙ってワシに続けぇ」
後退できるのは琵琶湖の西回りルートだけ。
どうせそれしかできないのだ。今は全力で逃げるのみ!
一目散に朽木に走った。
朽木谷は今こそ浅井領だ。
しかしそうなったのはたった二年前。元々その地を治める朽木氏は将軍家の奉公衆だった。
都を追われた将軍義輝をかくまったりしている。
(浅井の傘下と言えども忠誠心は将軍家にある‥ はずじゃ)
ある種の賭けであったが、信長は勝った。
将軍の後見役である信長を、朽木氏は助ける。
四月三十日、信長は無事京に生還をはたした。
金ケ崎のしんがり主力は池田恒興らしいです。秀吉が自分の活躍を盛りに盛ったのでしょう。
長政が裏切った理由ですが、義昭黒幕説は義昭にアリバイがありすぎて捨てました。




