11 南の島
名もなき草原に咲く 11
※三人称で進めます。『南の島編』
◇◇◇
ルッス。彼は街の者からそう呼ばれていた。
とある真夏の昼下がり、何人かの子供たちの元気な声が、ルッスの家の玄関口より響き渡ってきた。
子供たちの元気な声は、この世の平和の証であるかの様に通りすがる大人たちの表情をも和らげていた。
◇
「よし! 頑張ってじっちゃんのお許しをもらってくるっす……」
「ルッス、ちょっと待つなう! お前、肝心のアレはちゃんと持ってるんだろな?」
自分の顔をパンっと軽く手で叩くルッス。
気合を入れて、祖父と思われる人物に会いに行くようだ。
そこに、自宅の扉をたった今開けようとしたルッスの勇み足を止める様に、背後から声を飛ばす少年がいた。背格好もそう大差ない。同級生だろうか。
「えっ?」
ルッスはすぐさま振り返った。
それと同時に後ろにいた少年は、ルッスに駆け寄って行き、ルッスの衣服の上下のポケットに探りを入れた。その手は、ルッスの身体をいたずらにくすぐる様な遊びも含まれていた為、ルッスは思わずのけ反った。
「きゃあははは──!」
「すまんすまん、悪気はないなう」
「振り向きざまにくすぐるんだもん。いきなり何するっすか」
「あくまでも確認作業なう。それがリーダーたるオレの権限……いや、責務なう」
ルッスは、赤ん坊の産声にも似た甲高い笑い声を、街の片隅の空に思いっ切り轟かせた。確認作業と言いつつも、屈託のない笑顔でルッスにリーダー権を主張する少年。
「あーあ、やっぱり持ってねぇじゃん」
「カツアゲされるお金はないっすからね。うちは君ん家ほど店が大きいわけじゃ」
「南の島のチラシなう……」
「──うわ、ほんとだ。どこかに落としたのかもっす」
少年にチラシを所持していないと指摘をされたルッスは、自分の衣服のポケットに手を入れて見た上で、慌てた素振りで納得する。この二人の家は何かの商売をしている様だ。
「おいおい。これが無きゃ、説得力ってもんが出ねぇなう」
少年がそう言って、ルッスにそのチラシを何枚か手渡した。
ルッスは南の島のチラシを手にするとまじまじと見つめ、頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。
鼻の下をデレっと伸ばし、鼻息も少し荒くなった様だった。
「あ、ありがとう。テッドくん!」
「おう、頑張れなう」
直後に前を向いて、ルッスは満面の笑みを浮かべて感謝の言葉を発した。
ルッスから礼の言葉を貰った少年の名は、テッド。
テッドは照れ笑いだが勇ましい声で応え、ルッスに応援の言葉を添えた。
二人は、ほぼ同時にガッツポーズをした。そのまま姿勢を屈ませると互いの顔がくっつく程に近づいた。握っていた拳を二つとも互いの拳にちょこんとくっつけて、「にぃー」と言いながら、嬉しそうに何とも仲睦まじいポーズをしている。
「……もう、ルッスったら意外とあわてんぼうなのね」
テッドのすぐ後ろで、瞳に宝石を散りばめたように目を輝かせている者が居た。
ルッスとテッド。二人がその言葉に対し、仲良しポーズを解いて振り向くと、そこには少女が一人立っていた。
「……」
テッドは少女の方を見た。だが、特に返答をするでもなく静観していた。
『男同士の友情』みたいな、折角の仲良しポーズを崩されたからだろうか。
それとも、そのポーズをした時、背後に居た少女の存在を忘れて、彼女に向けて失礼なほど尻を突き出していた事を恥じているのだろうか。
しかし少女の視線は、テッドとルッスのどちらにも向いてはいなかった。
どこか上流階級のお嬢様っぽい身なりをしながらも、その高級そうな赤いブーツに泥をはねていた。
外は小雨がぱらついていた。
街の中の路面が雨で濡れていた。
そこかしこに水溜まりが見受けられる。
三人は傘を所持しておらず、透明の雨合羽を着ていた。
雨上がりの水溜まりの中を二人の少年と共に、駈けずり回って来たのだろうか。
二人の少年の靴も同じく、泥にまみれていた。
「あはは! だって海だよ、海! ボクもう今夜から眠れそうにないよ」
「ルッス、気持ちは分かるなう。興奮がとまらないんだなう」
ルッスはそう言うと、少女の方から自分のすぐ傍に居たテッドに視線を移した。
興奮気味に言葉を投げかけて来るルッスの方に向き返り、テッドが答える。
「そうだ、俺達やっと本物の海が見れるんだなう。来月にはもう、この遊び尽くしたカイラルの街とも暫くの間、おさらば出来るってワケだぜ」
「テッドくんが誘ってくれたから、うんと冒険範囲も広がるっす。楽しみっす」
「うふふ、南の島。今世紀最大のリゾートと評判の南の島よ」
テッドが海と言った時点で、背後の少女の瞳は遥か天空に向けられていた。
「星降る浜辺を恋人たちが、肩を寄せ合いどこまでも、どこまでも歩いて行くの。やがて幾千万もの星たちが二人の仲を妬くように流れて堕ちていき、星空は闇に包まれ、恋人たちは甘く切ない夜の星座を二人の愛で照らして行くの。きゃあ」
「…………」
一体、何処を向いて誰に話しかけておるのかと、呆れ顔を覗かせるテッド。
「て、テッドくん? ジュリアは将来、詩人か俳人にでもなるっすか?」
「どちらかと言えば廃人。ひゅふひゅっふー♪」
ルッスの問いかけに答えるも酷い言い方で返す。
そして、わざとらしく謎の口笛を吹き出すテッド。
口笛自体は、とんでもなく下手くそである。
「だ、だからよ。早く、ガラクさんにお許しをもらって来るなう。ジュリアがさ、一周回ってカンペキに壊れる前に」
背後に居た少女の口からこぼれる妄想?を聞き流すテッド。
夢見る少女の名は、ジュリア。
彼女の口振りはどうもテッドにとっては日常的の様だ。
ルッスはそういった彼女の一面を初めて見て戸惑った様だ。しかし、彼女に失礼が無いように言葉を選んだのに、テッドは敢えて意地悪な表現に言い換えた。
「テッドの言う通りよ、ルッス」
「えっ。ジュリア、廃人なんか目指してるの?」
「そこじゃないでしょっ! ガラクさんへの説得よ。ルッスまで何よ」
トンっ!
割と真面目な性格のルッス。
ジュリアの言葉を聞いて、驚きながら確認を取る様に聞き返した。
そんなわけないだろと言わんばかりにジュリアは、ルッスに近づくと、お愛想のような軽いチョップをルッスの頭に乗せた。
そして、一歩さがるとテッドの腕にギュッとしがみついた。
テッドは少し顔を背け、また下手な口笛を吹いて見せた。上目遣いのジュリアがくっつき虫の様に取れなくて、照れ隠しをしている様だ。決して離れろとは言わない所を見ると、まんざらでもないのか。
「私たちの十二歳の夏。そして小学で最後の夏だから、飛びっきりの思い出を作ろうって決めたじゃない? 後はルッスだけよ。私のパパの名を出せば、いくらクッソ頑固なガラクさんでも大丈夫よ。思いっ切り猫撫で声で勝負してきなよ」
テッドは平然を装いながらも、ルッスに向ける言葉の中に焦りが窺えた。
テッドの表情は次第に強張っていく。
ジュリアが急に恋愛ムードに入るのが、苦手であるかの様にも見えた。
ルッスへの返答には喜んで力を込めて答えるが、彼女への言葉には軽いディスが込められていたりした。
しかし、ジュリアはテッドから何と言われても、嬉しそうにしている。
決して目くじらを立てている様子はなかった。積極的でマイペースな一面が窺える。
三人は、小学の最上級生で十二歳。
南の島とは、その思い出作りのために三人に用意された冒険の舞台となる様だ。あるいは、そのムードにそれぞれの想いで酔って居たい、そんな仲良し三人組なのかもしれない。
「おう、ジュリアの言う通りなう。三人の約束だから、三人で果たしに行こうぜ」
どうやらルッスだけが保護者の承諾をまだ得られていない様で、これから掛け合いに祖父の元へ行く所だった。
説得に必要となる南の島をアピールする広告をテッドから受け取り、気合を入れて、二人の応援に応えるべく、ルッスは自宅の中に消えて行った。




