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12/12

12 ルッスはあわてん坊

 名もなき草原に咲く 12 


 ※三人称になります。『南の島編』



 ◇◇◇



 南の島は夜になると、星降る浜辺と呼ばれ、ロマンティックな一夜を過ごそうと、晴れた日には男女のカップルや、その他のツーショット、スリーショットが後を絶たなかった。


 ルッスが家の中に入ると、玄関口のある部屋には簡単な飾りつけと、まるいテーブルと幾つかの椅子が置かれていた。ここは差し詰め客をもてなす接客室だろうか。


 いや、キッチンと見られるスペースも入り口から見て右手に窺えた。冷蔵庫、それと食器棚には食器や食料の缶詰めらしきもの、その他、調味料などが所狭しと小綺麗に並べられている。


 ここは、差し詰め接客室兼、ダイニングルームといった所だろう。


 キッチンスペースと併せても八帖ほどのスペースだ。

 ルッスの家は何かの商売をしていると語っていたが。

 それにしては、決して広いとは言えない。

 それとも、商売があまり軌道に乗って居ないのであろうか。

 ただの節約家である可能性も残されているが。


 おや、接客室の左側には扉の無い部屋が一つずつある様だ。そのどちらにも真っ白なシーツの掛かったベッドが見え隠れする。

 おそらくルッスたちのプライベートルームだろう。


 玄関から上がって、正面の奥に一つだけ頑丈そうな鉄の扉が見える。

 扉の向こう側からは、ガタゴトと音が響いてくる。


「しめしめ。今日も朝からじっちゃんは、お仕事の酒造りに精を出している様だ」


 ギュルルル……。


「うっ……走って来たからな。小腹が空いて来たかな」


 時間は午後三時過ぎ。

 子供のおやつの時間といった所かな。ルッスのお腹が大きく鳴り響いた。


 奥の扉に近づきながらルッスの目は一瞬、キッチンスペースをチラリと見た。

 だがルッスは例の用事が先決だと首を左右にブルブルと振り、おやつの誘惑に耐えた。


「ここは一発速攻で駆け込み、おねだりするに限るかな。よし!」


 奥の部屋は、ルッスの祖父の仕事部屋だった。

 ルッスの祖父はテッドたちとの会話から、その名をガラクと言う。


 どうやら仕事は酒造りの様だ。実家は酒屋だったのか。玄関から入った家の反対側に仕事場と店舗があるのかもしれない。


「じっちゃーん、お願いがあるんだ! 開けるよ!」


「なっ……」


 ガシャ──ンと板張りの床に響く破壊音。


「ルッス。仕事中は、いきなり扉を開けて入って来てはいかんと……」


「あっ!」


「あっ、じゃないだろ」


 まったく何度言えば分かるのかと言う表情の祖父を思い浮かべてしまう、ルッス。


 直後、気まずい空気が流れた。ルッスは顔を強張らせた。


 大事な頼みごとをしに来たのに、はっきりとガラクの承諾も得ずにうっかり扉を開けてしまい、仕事部屋の中に入って来た事実が、そのまま説教に変わってしまうのではないかと冷汗を掻く次第だ。


 日頃から、ガラクに受けていた注意を怠ったこと。さらには、驚いたガラクが手を滑らせて落とした酒瓶の割れた音を聞き、咄嗟にハッとして言葉を喉に詰まらせていた。


 ルッスはその場に立ち尽くした。


「(あーあ、やっちゃった)ごめんなさい……」


 やっちゃった。


 そう思いつつも彼の口から出て来る言葉は、震えた小さな声でその一言を吐き出すのが精一杯という感じだった。

 玄関先で友人と共に作られた明るい笑顔は、すっかりと影を落とした様に硬い表情に変わり、うつむいていた。


「ルッス……」


 ガラクはルッスに背中を向けたままの状態で、孫の名を口にする。


 だがその声は案外優しく穏やかな声だった。

 ただ、振り向いて顔を見せて名前を呼んではくれなかった。

 しっかり目を合わせて、いつものように親らしく諭してはくれないのだろうか。

 ルッスは一度視線を床に落としたが、ガラクの呼ぶ声でそっと前方に視線を移したのだが。

 そこに期待した祖父の優しい顔はなく、丸めた背中を見つめることとなってしまった。


 ガラクは、常日頃よりルッスに仕事中は部屋を覗かぬ様に厳しくしつけて来た様だ。

 だがその期待は裏切られ、ルッスが甲高い声で勢いよく飛び入って来た為、驚いて商売用の酒瓶を床に落としてしまった。


「じっちゃん、頭どうかしたの?」


「…………」


「瓶の割れる音がまた耳に響くの? 瓶の仕入れ先変えたらいいのに」


 ガラクは頭に両手を当てて、ボーっと考え事をしている様に見えた。

 ルッスは震えた声のまま言葉を掛けたが、ガラクは沈黙をする。

 仕事場の酒瓶はどれも薄紅色で他に模様はなく、片側にしっかりとした取っ手が一つ付いていた。


 しかし、その表面は大理石の様に光を照り返す様な加工が施されており、その美しさは見る者の目を一瞬、虚ろにさせる。

 酒瓶が砕けた時の破壊音も一般的なものとは少し違い、残響音が長く耳に留まる。


 ルッスは経験上それを知っていたのか、ガラクが頭を抱える様子を気にかけたのだ。

 ガラクの仕事部屋に置かれた高さ五十センチ程の陳列棚には、ずらりとその酒瓶が並んでいた。造った酒もなみなみと入っており、蓋がしてあった。


 仕事場の入り口から見て左隅には用具棚が置いてあり、ここには掃除用具やその他の小道具が色々と片付けてあった。


 ルッスは、祖父であるガラクと二人暮らしだった。


 ルッスの家は一階建てで、家の玄関口にある部屋がリビング兼用の接客室。

 その部屋から出入りする左サイドの小部屋には、扉は取り付けられておらず、ベッドや本棚が玄関口より見え隠れする。


 二つの部屋を比べれば、右の部屋が少し大きい。古ぼけた書籍や大きな鳥の羽のペンやインクが書棚にうかがえる。そこがガラクの部屋だろう。

 推理小説や泥まみれのボールに、食べかけの菓子が机の上、床を問わずに散漫している。落ち着きのない左の部屋。それがルッスの部屋だろう。


「ルッス……」


 再度、ガラクがルッスの名を口にした。

 呼ぶ声が意外にも大人しい事に気付いたルッス。ガラクは何だか頭を抱えている様だ。


「じっちゃん、頭……どうかしたの?」


 ルッスは再びそう言うと、背中を向けていたガラクの前方へと小さな足音で駆け出す。


「な、何でもないんだ。お前が急に入って来て驚いただけだ」


「でも……」


「……酒瓶の割れた音が少しばかり頭に響いてな。なーに心配はいらん。今片付けるから、お前は向こうの部屋へ出ていなさい」


 そう言うと、ガラクはそそくさと掃除用具のある方へと移動し始めた。ルッスの目を避ける様に早歩きをして。


「あっ。じっちゃん! ボクも手伝うよ」


 ガラクの事をつぶらな瞳で追いながら、ルッスが声を発した。そして、床に散らばっていた瓶の欠片を拾い集めようとして、ルッスはその場にしゃがみ込んだ。

ガラクは、今ホウキを手にする所だったが、


「だ、だめだ! ……け、ケガをするといかんからな」


「ボク、平気だよ」


「いいから。そ、それはわしに任せて部屋で待っていなさい」


 ルッスの言葉に振り返り、叫ぶ様にまた声を殺す様に言った。

 幼い子供へ凄むという行為を抑えた感じで放った優しい口調にも聞こえた。


「う……うん。分かった。じゃあ待ってるね」


 ガラクが頑固な性格だと知る為か、素直に聞き分けて、ルッスは元の玄関部屋へ出て行った。


 まだ例の用件で何らかの説得を祖父にしなければならないのに、ここで聞き分けない子供でいる訳には行かないと感じ、素直にガラクの言葉に従って、部屋を出たのだ。


「さてと……」


 割れた硝子の欠片を丁寧に竹のホウキでかき集めると、チリトリでとっとと拾ってしまい、仕事場の隅にあるクズ入れに綺麗さっぱり捨て去るガラクだった。


「ふう。やれやれ。毎度毎度ルッスの奴には驚かされるわ。わしは寿命が縮まる思いだ。後ろを向いていて良かった」


 額の汗を袖で拭いて、ため息を吐くガラク。

 陳列された酒瓶に移り込む自分の顔を見つめながら、独り言が口を吐いた。


「ルッスの忍びよる気配にも気付けぬとは、わしも焼きが回ったか……」


 仕事の疲れから言っているのか。

 若い頃は人の近づく気配をさも感知できたかの様な口振りだ。

 年寄りがよく言う台詞ではあるが。


「このままあの子が大きくなるに連れて、この不安はさらに募っていくのかも知れん」


 少々歳を重ね過ぎたと両手でおでこを撫でながら、暫しの沈黙と共にルッスの待つ部屋へと足を運んで行くガラク。


 玄関部屋の四角いテーブルは、それは見事な銀色に輝いていた。

 鼻歌混じりの上機嫌で幾枚かのチラシに顔をうずめるルッスの心地良い表情が、銀のテーブルにくっきりと映っていた。


「じいは、いつもは優しいけど、酒造りの時は人格がおかしいんだ。ボクも大人になればそうなるのかな」


 ルッスにとってのガラクは、とても優しい存在。

 続柄は祖父と孫。


 二人の関係は上手く行っている様だが。

 両親が居ない様だが、旅行でもしているのだろうか。

 テッドたちは、普通にガラクに許しをもらって来るように言っていた。

 つまり、二親が居ないことは周知の事実。親が他界している可能性もあるが。

 そういう家庭や世帯も珍しくはないのかもしれない。

 


「じいの酒はお城からも注文来るし、酒場にも宿屋にも卸して、引っ張りだこの人気商品だ。子供のボクに酒造りの秘密を知られたら、誘拐されるかもと心配なんだよな」


 ガラクの造る酒は、街の人々からも絶賛され、王家の者達からも銘酒と高い評価を受けている。それ故に酒の造り方は、ガラク一人しか知らないと言う。ルッスは自分がまだ子供だから、仕事をしている所を見せてもらえないと思っていた。


 街でも絶賛、王家からは銘酒とうたわれているなら、ぼろ儲けではないか。

 ルッスもそこそこのお坊ちゃまの様だ。まあ、だからと言って必ずしも家が豪邸でなければいけない訳じゃないが。


 そうなると、やはり秘造の為か。

 特許は取得してないのか。まあ、それはおいて置こう。


 そして、先程もうっかり仕事場の扉を開けてしまったのだ。何かしらのお願いがあって、家の中に駆け込んで来た。足音や気配と言っても、あれだけの頑丈そうな鉄の扉の向こうだ。気付けなくても不思議ではない。職人の経験と勘というものだろうか。


 ルッスが祖父のガラク目掛けて勢いよく、日頃の祖父の忠告をも忘れてカチ込んだ為、高級感もあった商売用の酒瓶。一つや二つ、割れた所で腹を立てるほど貧乏でもないし、頑固だが優しいのであれば、頼み事も上手く行きそうだが。


「ルッスや、何を慌てておったのだ? 何ぞ、おねだりでもあったのか?」


 背後からガラクの明るい声が聞こえた。


 ルッスの瞳孔が開いた。

 願い事が叶ったも同然のテンションで振り向いた。

 そこには、いつも通りの優しいガラクの瞳があった。

 ルッスは見つめ返すと、ほっとした表情を浮かべた。

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