第七話 観測の外へ
崩れていた。
観測領域そのものが。
音もなく、静かに。
だが確実に――
「……足りない」
ルルは、呟いた。
どれだけ壊しても。
どれだけ干渉しても。
届かない。
「トシノリ……」
その名前だけが、支えだった。
目を閉じる。
浮かぶのは――
笑った顔。
何度も、何度も。
「……大事だからだよ」
その言葉が、胸に残っている。
ルルは、ゆっくりと目を開けた。
「……なら」
小さく、息を吐く。
「私も、同じことをする」
手を伸ばす。
何もない空間へ。
だが、その先に――
“無数の線”が見える。
世界線。
観測の流れ。
そして――
“外側”。
『干渉レベル、危険域』
『観測維持、優先』
声が響く。
だが、もう止まらない。
「観測の外へ」
その言葉は、静かだった。
だが――
世界を壊すには、十分だった。
次の瞬間。
ルルの足元が、消える。
落ちる。
いや――
“外れる”。
空間が剥がれ、層が崩れ、存在がほどけていく。
観測という枠組みから、切り離される感覚。
『不可能』
『逸脱』
『定義不能』
声が乱れる。
ルルは、ただ前を見る。
「そこにいるんでしょ」
誰にともなく、言う。
すると――
闇の奥。
“何か”が見えた。
光に包まれた、空間。
閉じ込められている。
「……見つけた」
ルルの声が、震える。
その中に。
トシノリがいた。
「トシノリ!!」
手を伸ばす。
だが――
届かない。
見えない壁。
『隔離領域』
『干渉不可』
「……邪魔」
小さく呟く。
その瞬間。
ルルの周囲の世界線が、一斉に収束する。
「全部、繋げる」
手を握る。
無数の未来。
無数の選択。
その中から――
たった一つを、掴む。
「届く未来」
次の瞬間。
壁が、ひび割れる。
『――干渉突破』
空間が、砕ける。
ルルは、迷わず踏み込んだ。
光の中へ。
「トシノリ!」
手を伸ばす。
今度は――
届く。
指先が、触れる。
「……っ」
トシノリの目が、わずかに開く。
「……ルル?」
その声を聞いた瞬間。
ルルの表情が、崩れた。
「……遅い」
かすれた声。
「迎えに来るの、遅すぎ」
涙が、浮かぶ。
トシノリは、少しだけ笑う。
「来てくれたんだな」
「当たり前でしょ」
その手を、強く掴む。
「大事なんだから」
一瞬。
時間が止まる。
トシノリの目が、わずかに見開かれる。
だが、その言葉の意味を考える前に――
『領域崩壊、開始』
空間が、崩れる。
「行くよ!」
ルルが叫ぶ。
「離すな!」
「ああ!」
二人は、手を繋いだまま――
崩壊する観測の外へ、飛び出した。




