第六話 消えた存在
静寂。
何も、ない。
ただ――
「……トシノリ?」
返事は、ない。
ルルは、その場に立ち尽くしていた。
さっきまで、確かにいた。
手を伸ばせば、届く距離に。
でも今は――
「……いない」
声が、かすれる。
観測領域。
黒い空間。
そのすべてが、変わらないのに。
たった一つだけ、決定的に違う。
トシノリの“存在”だけが――
完全に消えている。
「……嘘」
ルルは、一歩踏み出す。
何もない空間に向かって。
「トシノリ!」
叫ぶ。
だが――
何も返ってこない。
『対象、分離完了』
声が、響く。
感情のない、冷たい響き。
ルルの瞳が、ゆっくりと変わる。
「……どこにやったの」
低い声。
今までとは違う、温度。
『管理下に移行』
「……返して」
『不可能』
一瞬。
空気が凍る。
「……そう」
ルルは、静かに目を閉じた。
呼吸を整える。
感情を――押し込める。
だが。
押し込めきれなかった。
「……いい加減にして」
小さな声。
だが、その瞬間――
空間が、震えた。
『異常反応、検知』
ルルの周囲に、光が集まり始める。
観測領域そのものが、ざわめく。
「……あなたたち」
目を開く。
その瞳は――
これまでと違っていた。
「何も、分かってない」
一歩、踏み出す。
足場はない。
それでも、立っている。
「観測?」
小さく笑う。
「そんなものじゃないでしょ」
空間が、歪む。
『干渉レベル、上昇』
ルルの周囲に、無数の線が浮かび上がる。
それは――
世界線。
「見えてるのよ」
すべてが。
過去も。
未来も。
分岐も。
「あなたたちの“外側”も」
その瞬間。
観測領域が、大きく揺れる。
『……不明』
初めて。
“声”が揺らいだ。
ルルは、静かに言う。
「トシノリを、返して」
その声は。
命令に近かった。
『拒否』
一瞬の沈黙。
そして――
「……そう」
ルルは、ゆっくりと手を上げる。
「じゃあ――」
光が、収束する。
「壊す」
その一言で。
観測領域が、悲鳴を上げた。
『危険因子、再定義』
『対象変更』
『ルル――』
名前が、呼ばれる。
初めて。
ルルは、微かに笑った。
「やっと見たわね」
その瞳は――
もはや、“観測される側”ではなかった。
「私は――」
言葉が、途切れる。
だが、その先を。
“観測者”は理解した。
『――観測不能領域』
空間が、崩壊を始める。
ルルは、ただ一つだけを見ていた。
「待ってて」
誰もいない空間に向かって。
「今、行くから」




