第五話 観測者の影
光が、消えた。
音も、感覚も、すべてが一瞬で途切れる。
「……っ」
トシノリは、息を吐いた。
体が、重い。
さっきまでの無重力とは違う。
“押し潰されるような重さ”。
「ここ……どこだ……」
ゆっくりと目を開ける。
そこは、宇宙ではなかった。
空がない。
地面もない。
ただ、黒い空間。
上も下も分からない。
「トシノリ!」
声。
ルルが、すぐ近くにいた。
だが――
その表情は、今まで見たことがないほど強張っている。
「無事……?」
「ああ……なんとか」
トシノリは周囲を見る。
何もないはずの空間。
なのに――
「……いる」
見えない“何か”がいる。
視線だけが、無数に存在している。
「ここは……」
トシノリが呟く。
ルルは、ゆっくりと答えた。
「観測領域」
一拍。
「……観測者の中」
空気が、変わる。
見られている。
完全に。
『対象、確認』
声が、響く。
いや――
頭の中に直接流れ込んでくる。
トシノリは、歯を食いしばる。
「……っ、これ……」
「会話してるつもりはない」
ルルが低く言う。
「一方的に“読まれてる”」
次の瞬間。
視界が変わる。
街。
あの日の交差点。
ブレーキ音。
「――っ!!」
トシノリの呼吸が止まる。
「やめろ……!」
過去が、再生される。
何度も。
何度も。
「やめろって言ってるだろ!!」
叫びが、空間に響く。
『感情反応、確認』
無機質な声。
『対象、適合性あり』
トシノリの体が、固まる。
「……適合性?」
ルルの顔が、青ざめる。
「……ダメ」
小さく、呟く。
「それ以上、見せちゃダメ……!」
だが――
止まらない。
今度は。
ルルとの記憶。
笑った日。
手を取った瞬間。
「――やめろ!!」
トシノリが叫ぶ。
『重要因子、特定』
その瞬間。
“視線”が――
ルルに集中する。
「……っ!」
ルルの体が、わずかに揺れる。
「見るな……!」
トシノリが、前に出る。
反射だった。
守るために。
「こっち見ろよ……!」
声が震える。
「見るなら、俺だけにしろ!!」
一瞬。
空間が、止まる。
『――認識更新』
視線が、一斉にトシノリへ向く。
圧が、跳ね上がる。
「トシノリ!!」
ルルの叫び。
だが――
トシノリは、動かない。
「……それでいい」
小さく、呟く。
「全部、俺に来い」
その言葉の意味を。
ルルだけが、理解していた。
「……どうして」
かすれた声。
「なんで……そこまで……」
トシノリは、少しだけ笑う。
「決まってるだろ」
一瞬、目を逸らして。
「……大事だからだよ」
言い切らない。
でも、伝わる。
ルルの瞳が、揺れる。
その瞬間。
『対象、確定』
空間が、崩れる。
「まずい……!」
ルルが手を伸ばす。
だが――
トシノリの体が、光に飲み込まれる。
「トシノリ!!!」
その叫びだけが、残った。




