第三話 消えた星
宇宙は、静かすぎた。
音がない。
風もない。
ただ――
“存在している”という感覚だけが、そこにあった。
「……おかしい」
ルルの声が、その静寂を破る。
トシノリは、ゆっくりと振り向いた。
「何が?」
ルルは答えず、窓の外を見ている。
その視線は、いつもより鋭く――
そして、どこか怯えていた。
「一つ、足りない」
「……足りない?」
トシノリも外を見る。
無数の星。
完璧な配置。
何も、おかしくないように見える。
「わからない?」
ルルの問いに、トシノリは首を振る。
「いや……」
だが、その瞬間。
微かな違和感。
視界の端。
“何かが抜けている”感覚。
「……なんだ、これ」
ルルが指を伸ばす。
空間に触れるように。
すると、光が浮かび上がる。
星図。
その中に、一つだけ――
完全な空白。
「ここには、恒星があった」
「でも今は、ない」
トシノリの喉が、ひくりと動く。
「……消えた?」
「違う」
即答だった。
「“消された”の」
背筋に、冷たいものが走る。
「そんなこと……」
「できるのか?」
ルルは、ゆっくりと頷く。
「観測を操作すれば、存在そのものを書き換えられる」
「記録も、記憶も、全部」
トシノリは、目を細める。
「……じゃあ」
「俺たちは、なんで気づいてる」
一瞬の沈黙。
ルルが、こちらを見る。
「あなたがいるから」
その言葉は、真っ直ぐだった。
「トシノリ、あなたは“観測の外側”に触れられる」
「だから、本来消えたはずのものも――」
「見える」
その瞬間。
ノイズが、走る。
「――っ!」
視界が、裂ける。
そこにあった。
星。
確かに、存在していた星。
だが――
次の瞬間、それは歪む。
崩れる。
“存在してはいけない形”に変わる。
「……っ、やめろ……!」
トシノリは、思わず目を閉じる。
呼吸が乱れる。
「トシノリ!」
ルルが近づく。
手が、肩に触れる。
その温もりで、現実に引き戻される。
「大丈夫……大丈夫だから」
優しい声。
でも。
どこか、距離があった。
トシノリは、それを感じる。
「……なんだよ」
低い声。
「え?」
「さっきから、なんか変だ」
ルルの手が、一瞬だけ止まる。
「変って?」
「前なら――」
トシノリは、言葉を探す。
「もっと……近かった」
空気が、止まる。
ルルは、何も言わない。
ただ、目を逸らす。
それが答えだった。
「……宇宙は、違うの」
小さな声。
「何が違う」
「全部よ」
ルルは、静かに言う。
「ここでは、一つの選択が――」
「星を消す」
トシノリの胸が、締めつけられる。
「だから……」
ルルは、ほんの少しだけ言葉を止めて――
「怖いの」
その声は、本物だった。
でも。
それだけじゃない。
トシノリには、分かる。
「……それだけじゃないだろ」
ルルは答えない。
沈黙。
距離だけが、広がる。
その時。
『観測干渉、増大』
警告音。
同時に――
空白だった場所が、歪む。
「……来る」
ルルの声が低くなる。
トシノリも、窓の外を見る。
何もなかったはずの場所に。
影が、にじむ。
それは、形を持ち始める。
星のようで――
星ではない。
「……なんだよ、あれ」
トシノリの声が震える。
ルルは、ゆっくりと言った。
「観測の破綻」
一拍。
「存在が、正常に定義されていない」
それは、脈動していた。
見てはいけない形で。
「このままだと――」
ルルの声が、わずかに揺れる。
「宇宙そのものが、崩れる」




