7-14
その足で、レーシュの家へ向かったヘリオス。
玄関のチャイムで呼び出すと、すぐに出て来た。
「あら、いらっしゃい」
レーシュの顔にはまだ傷が残っているが、もうそんなに酷くはなくなっているように見えた。
「……ねぇ、あなたが殴った傷、治りそうにないんだけど」
「訴えるか?」
「だから、訴えたりはしないって。……まぁ、これでもだいぶ治まったのよ? 後は化粧で隠せばなんとかなる感じよね。日にち薬か」
はぁ、とため息をついて、レーシュは言った。
「こんなところで立ち話もなんだから、入っていけば?」
ヘリオスは少し考えてから、返答する。
「そうさせてもらう」
いつぶりかの、レーシュの家は、落ち着いたゴシック色の部屋。
レーシュもヘリオスと同じく一軒家ではなく、マンション住まいだ。
間取りはヘリオスの部屋と変わらない。
リビングには、黒地で花が金と赤や青、様々な色目でゴブラン織りされているラグマットが敷いてあり、そこには猫足で手彫りの薔薇のモチーフが目を引く、パープルのアンティーク風の二人掛けのソファ。
ソファと同じ形のドレッサーやキャビネット、ジャガード織りの赤の遮光カーテンの下には、スカラップが施された黒のレースカーテン、天井にはブラックカラーのシャンデリア。
ソファの前には、棚部分と脚部分が曲線のデザインの、強化ガラスの天版の黒の棚付きローテーブルがある。
「座って。珈琲入れるから」
レーシュがそう言ってキッチンに入るのを見て、ヘリオスはソファに座る。
部屋を見回しながら、幾度か訪れたレーシュの部屋に変わっていないなという感想を持ったヘリオス。
「お待たせ」
ティーカップに珈琲を持ってレーシュはそれをヘリオスの前に置いた。
その隣に、自然に同じように珈琲を持ってレーシュが座る。
「浮かない顔してるわね」
「……あ?」
「なんでそんなに凄んで聞くのよ。でも、事実よ事実。鏡見てみればいいわ」
ほら、とドレッサーを指さされる。
ちょうどそれはヘリオスの直線状の真正面にあるもので、必然的に鏡で自分の姿を確認する事が出来る。
言われた通り確認すると、もやもやとした表情のヘリオスがそこにいた。
「……ねぇ、何かあったの?」
ふと、レーシュに問いかけられる。
少し考えて、ヘリオスはその問いかけに返答する。
「セレーネと、一緒にデートをした」
「……まさか喧嘩?」
「違ぇよ。……その、初めて自分の家に上げたんだよ。女を家に上げるのも初めてだし、セレーネは他人の人間の家行く機会もなかったって言うし」
「上げてどうしたのよ? まさかもうそこまでの関係なの? あなたたち」
「まだ違ぇよ。だから、悩んでんだよ」
「……話が全く見えないんだけど」
呆れ顔のレーシュが、話を進めるようにと言うと、ヘリオスは飲み込みかけた言葉を吐き出すことにした。
「――俺、あいつと結婚したいんだ」
その言葉に、レーシュは驚いた。
ヘリオスが数多の女性にそう言われていたのは、レーシュも知っている。
自分ですら望んだ事だったから。
けれど、ヘリオスは結婚をするという気は毛頭ない人間だった。
何が驚いたかと言うと、そんなヘリオスが結婚を考えたという事だった。
「ヘリオスが、結婚?」
驚いたまま、レーシュが聞いた。
「……俺も、驚いたんだよ。俺はそんなの全然興味なんてなかったのに、気づいたらあいつと一緒にいたくて、あいつと一緒に一生を添い遂げたくなって」
「驚いた、ほんと。……で、それで悩んでるわけ?」
「そうなるな」
少しの沈黙。
やがて、レーシュが沈黙を破るように口を開いた。
「セレーネさんは、あなたがそれを悩んでるって、知ってるの?」
「……知るわけねぇだろ。そもそも、結婚も知らない。あいつ、デートも何も知らないぐらいだからな。恋愛も知らなかったらしい」
「……確かに、あの子ちょっと抜けてるわね。他人に勝手について行くぐらいだし。本当に何も知らなさそうね。ヘリオスの話を聞く限り」
「俺と一緒に添い遂げると言う意味すら、わかってなさそうだからな」
「……それはなんというか、難しいわね……」
うーん、とレーシュは考え込む。
自分がそんな性格ではないから、余計に考えてしまう。
「……あたしがとりあえずセレーネさんと友好的に会話出来る状態なら、何かしらあなたにヒントが与えられると思うんだけど……」
そう言ったレーシュに、にやりと笑んで、ヘリオスは言った。
「明日、俺とセレーネの家に行ってくれないか?」
「は? ちょっと待って。急すぎじゃない? しかも家?」
「あいつの妹にも伝えてある」
「ちょっと待ちなさいよ。妹さんにまで? ……ったく、どこまで勝手なの、あなたって」
「知ってるだろ、俺の性格」
「知ってるけど……。仕方ないわね。行くわよ、どうせ謝罪はしないといけないと思ってたから。セレーネさんにはもちろんだけど、妹さんにもね」
なんだか上手く嵌められたのではないかとヘリオスを疑ったレーシュだったが、もう彼の性格を把握しているので、仕方ないのかもしれないと思った。
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