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レーシュと会うことになったのは、その二日後のことだった。
ヘリオスはセレーネに言われた翌日に、レーシュと久しぶりに連絡を取った。
街のカフェで会う約束を取り付けて、会うことにした。
レーシュはこのカフェで度々ヘリオスと会っていた。
だから、彼がどの場所に座っているかも、見当がついていた。
店の奥、窓際のボックス席。
この店はオープンテラスもあるのだから、そこでお茶をしようと一度だけ提案したことがあったが、ヘリオスは「女が寄ってきて鬱陶しい」と一言で片づけて、その提案を拒否した。
だから、一度もオープンテラスを使ったことはないが、窓際の奥の席が落ち着くのだとヘリオスは度々言っていた。
自然にそこの足が向いていたし、ちゃんと彼の姿が確認出来た。
「ごめんなさい。遅れてしまって」
そう言ってヘリオスが座っている席に着いた瞬間、レーシュの表情が変わった。
ヘリオスの隣、窓際に座って、少し落ち着かない様子の女、がいた。
レーシュは彼女に見覚えがあった。
「ちょっと、ヘリオス。どうしてこの子があなたの隣で一緒にいるわけ? あたしと二人で話をするんじゃないの?」
彼女――セレーネは、その声音に少し戸惑いつつも、会釈をする。
「俺が呼んだ」
ヘリオスは一言、ぴしゃりとそう言った。
「いいだろ、別に。それに、二人で話をするなんて、俺は一言も言ってねえ」
「い、いいえ。あの、私はお二人でお話をすればと提案をしたのですが……」
「いいから黙ってろ、セレーネ。俺が一緒に来てほしかったから連れて来ただけだ」
黙れと言われて、セレーネは従う様に黙る。
「いいから座れよ、レーシュ。俺はこの後、こいつと予定があるから、早く話を済ませたいんだよ」
「何なの、話があるからって呼んでおいて。……全く、こういう勝手な所、全く変わってないのね」
呆れたように、促されるままにレーシュはヘリオスの向かいの席に座った。
幾度も経験した光景なのに、セレーネがいる今は、正直妙な気持ちにしかならない。
やってきた店員に、レーシュはアイスコーヒーを頼み、それが配膳されるのを待ってから、ふとセレーネを見る。
ヘリオスと同じ長さほどある長い黒い髪は、前髪が綺麗に切り揃えられており、真っ白な肌がまるで映える。
ふわふわとした生地感のレースの真っ白なワンピースを着ていても、どこか幼さを感じさせる。
セレーネの前にはオレンジジュースが置いてある。
セレーネはどうもコーヒーを好きになれない。
苦い、ただそれだけの理由なだけ。
紅茶は飲めても、砂糖やガムシロップを多めに入れなければ飲めない。
確かにコーヒーもそうすればいいだけの話だと思って、一度チャレンジしてみたものの、どうしてもやっぱり好きにはなれなかった。
なので、無難にオレンジジュースを選んだのだ。
隣のヘリオスの前にはレーシュと同じアイスコーヒー。
ヘリオスはミルクとガムシロップを入れて飲むのを覚えていたので、目の前にあるそのアイスコーヒーはその状態だった。
レーシュがアイスコーヒーをブラックのまま一口飲んだのを見て、ヘリオスは話を切り出した。
「お前、こいつに〝俺の婚約者だ〟って言ったらしいな」
「ええ、確かに言ったわ。何か問題でもあった?」
「大ありだよ。そんな嘘っぱち、こいつに言うな。つか、何回も断ってんだろ。迷惑なんだよ」
いきなり始まった口論に、セレーネは戸惑った。
確かにレーシュにヘリオスの婚約者だと聞いていたのに、ヘリオスはそれを嘘だと言った。
なぜなのか、状況が理解出来なかった。
完全に蚊帳の外のセレーネは、口を挟まずに、目の前のオレンジジュースのストローに口をつけた。
どうやら、このカフェのオレンジジュースは店に備えられているジューサーで絞られたものらしく、オレンジの風味、舌に残る独特の苦みと鼻を突きぬけるような酸味、それでいて、これが本来のオレンジジュースだと言わんばかりの主張感のあるオレンジジュースだった。
穏やかな空気はセレーネだけが持っていて、ヘリオスとレーシュの空気は、穏やかとは到底言えないような空気感だった。
「ヘリオス。あなた、こんな子のどこがいいわけ? どこにでもいそうな平凡な女より、あたしの方がいいでしょう? それにあなたには釣り合わないわ」
「お前、嫉妬かよ面倒だな。つか、別に釣り合う釣り合わないで人を選んでんじゃねえんだよ、こっちは。どうせ別れさせようと思ってんだろ、馬鹿か。俺はこいつを離さねえよ。そりゃ、お前よりは平凡でどこにでもいそうな奴だけどな。一緒に居ようがお前には関係ねえだろ。こいつ――セレーネは俺の運命の女だ。俺はこいつを手放す気は、さらさらない」
きっぱりと言い放ったヘリオスに、レーシュの表情がみるみる怒りに満ちていくのがわかる。
あからさまに見え見えの嘘に、当たり前のようにヘリオスは気づいていた。
セレーネがレーシュに会って、ヘリオスに会いたいと言う辺りぐらいから、なんとなくではあるが、気づいていた。
だから、ヘリオスはわざとセレーネをこの場に同席させた。
レーシュがこれで諦めるとは思ってはいなかったが、どのみちお互いの関係を知られているのだから別に構わない。
レーシュは怒りや嫉妬に満ちた瞳で暢気にオレンジジュースを飲んでいたセレーネを見た。
その視線にびくりとしながら、なぜ自分に視線を向けられたのか、首を傾げながらセレーネはレーシュを見た。
「じゃあ、この子の意見を聞こうじゃない」
唐突な提案だった。
自分に飛び火してくると思わなかったセレーネは、困惑したように固まった。
「あなた、ヘリオスの事、どう思ってるの?」
困惑した表情を見て、少し勝ち誇ったような表情をしたレーシュ。
このまま、セレーネが手を引けば、ヘリオスは自分のものになるだろう、多少なりともそんな希望を持っていた。
ヘリオスは、困惑しているセレーネを隣で見守っていた。
どういう返答を返すのか、セレーネがヘリオスに抱いている気持ちが未だわからない今、黙って見守るしかなかったからだ。
しばらくして、セレーネは少し恥ずかしそうに言った。
「ええと……、その、私、恋愛というものに非常に疎くて、何と言っていいのかわからないのですが……。ヘリオスさんと一緒に過ごす時間は、とっても温かくて、幸せな気分になるんです。その、私、異性と一緒にいるのが苦手だったのですが、ヘリオスさんなら、不思議と平気なんです、だから、安心するんです。決して悪い方ではないと思っていますし、とっても優しい方です。ですから……ええと、その、私は、出来ればヘリオスさんとこのまま一緒にいたいな、なんて、思ったり、します」
ドキドキと心拍数が上がるのをぐっと堪えながら、セレーネはそう話した。
拙い言葉だったが、改めて考えてみれば、イェソドがヘリオスの事を好きなのではないかと言われた日から、そうなのでは、と思い始めていたからだ。
意外な言葉にヘリオスは少し驚いたが、明らかに勝った、そんな表情でレーシュを見て、にやりと笑んだ。
「だから言ったろ。俺はこいつと一緒に添い遂げる。もうこいつに二度と近づくんじゃねえ。そんなことしたら、俺が許さない」
そう言って、セレーネの肩を抱き寄せて、真っ赤に染まった頬に、キスを一つくれてやった。
ひゃ、と小さな声をあげたセレーネの顔は、さらに真っ赤になり、一方のレーシュは、苦虫をかみつぶしたような表情をして、気に入らないと言うように力強く机を叩いて、飲みかけのコーヒーをほったらかして店を出て行った。
ヘリオスの、圧倒的勝利だった。
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