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9話【結局、声が大きい奴の意見が通る。】

ヘルマンたちとの顔合わせから二日後。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!

もうダメだ! これ完全に詰んでんだろ!!」


ヘルマンから渡されたこの領地の資料に目を通し、改めてその惨状を突きつけられた俺は、執務机に積まれた資料や書類の山の中で深く絶望していた。


財政状況を一言で言えば、金は入ってくる。

でも入ってきた分だけ全部消える。


見事なまでの自転車操業だった。


領内では宿や酒場、雑貨店なんかの商売も一応動いているし、魔物素材の取引もある。

領地全体で見れば、それなりの金額が動いている。


ただし、そこから領主府に入ってくる金なんてたかが知れていた。


その一方で、資料の中にはやたらと大きな金額がいくつも並んでいる。


伯爵からギルドや冒険者に対して出ている補助金だ。


問題なのは、これが俺の金じゃないということ。


というか、領主府の財布を通ってすらいない。


伯爵家とギルドの間で直接やり取りされている金だから、領主である俺が「今月ちょっと苦しいから借りるね!」なんてことは当然できない。


これだけ金が流れ込んでいるのに、俺には一銭も使えない。


なんだそれ。


もっとも、この補助が今でも続いているからこそ、辛うじてこの領地が空中分解せずに済んでいるらしい。


最初は、なんで伯爵がわざわざギルドなんかに金を払っているのか不思議だった。

だが資料を読み込み、分からないところをヘルマンにも軽く確認していくうちに理由はすぐ分かった。


この土地では、普通にやっていたらギルドが儲からないのだ。


アルヴァルト領は辺境のド田舎。


ここで出る魔物は数こそ多いが、ほとんどが低ランク。

当然、取れる素材も大して高く売れない。

じゃあ大量に外へ売ればいいかと言えば、今度は辺境まで馬車を走らせる輸送費が馬鹿にならない。


安い素材を山ほど集めて、わざわざ高い金を払って遠くまで運ぶ。


そりゃ儲からんわ。


ならギルド出張所なんて閉じればいいじゃん。


……という話にもならない。


ギルドがいなくなれば冒険者も減る。

冒険者が減れば魔物を処理する人間がいなくなる。

魔物が放置されれば街道も畑も危なくなって、商人だって余計に寄り付かなくなる。


だったら領軍や警備隊を増やせば――


その金がない。


金がないから冒険者に頼る。

でもこんな儲からない土地には冒険者もギルドも来たがらない。

だから伯爵が金を出して無理矢理引き止める。


一個どうにかしようとすると、別の問題が首を絞めてくる。


何これ。


雁字搦めじゃん。


簡単に言えば伯爵は、この領地を維持するために金を払ってギルド出張所を置いてもらっているような状態らしい。


しかも、出張所だけ残せばいいというわけでもない。

領地の平和を守る強くてカッコイイ冒険者の皆さんだって、稼げなければこんなクソ田舎からさっさと出ていく。

そのため魔物討伐や護衛なんかの公共クエストにも、伯爵から特別補助が上乗せされている。


ぶっちゃけ制度の実態は、


『こんなクソ田舎で公共仕事してくれてありがとう手当』だ。


それでも集まるのは、我が領都アルンの現状を見る限り、駆け出しの初心者か、他の土地じゃやっていけなかったクセにその初心者に先輩面してイキり散らすしょうもない燻り先輩冒険者の皆さんが大半。


だが、そんな冒険者達でもアルンなら補助金のおかげで食っていくだけなら問題ないくらいの収入が確保出来る。


そして悲しい事にこの領地では駆け出し冒険者でも、田舎で燻ってる低ランクのおじさん冒険者でもいなくなられたら困るのだ。


金がない。

だから外から金を入れる。

でもその金がなければ経済も治安も死ぬ。

そして肝心の領主府には金が残らない。


改めて見ても、見事なまでに終わっている。


「領地じゃ結構な金が動いてるはずなのに、自由に俺が領主として使える金がほぼ無い……。

自由に使えない金は金じゃないだろ……ただの鉄クズと一緒だろ……。

なぁクラウディア。

こんなに補助金あるなら少しくらいちょろまかしても良くないか……?

領地復興のために借りるだけなんだしさ……。」


「それは無理です。

これは領地とギルドの契約ではなく、アイゼンベルク伯爵家とギルドの契約ですので。

残念ながら部外者であるご主人様には、触れる権利はありません。」


「でも俺、ここの領主だよ!?

領地の問題なんだから、この俺にだって関わる権利があるだろ!

どうにか出来ないの!?」


「無理ですね。

ギルドが得ている利益を領主が吸い取ろうものなら、それこそここの出張所はすぐにでも閉鎖して、アルヴァルト領から出ていくかと。

ただでさえ補助があって、ようやく維持できている出張所ですから。

そこから更に利益まで削られれば、即座に撤退しますよ。

補助金が増えるなら文句も出ないと思いますが。」


「補助金増やしたって、こっちには何の得もねぇじゃねぇか!」


反射的にクラウディアへツッコミを入れた瞬間、俺の脳に天啓が降りてきた。


「…………。………おい。

クラウディア……補助金増えれば、ギルドも文句言わないんだよな……?」


「……?

それは、そうですが。

そんな事してもご主人様には何の得もないと思いますが。」


クラウディアの「ついに気でも狂ったか?」と言いたげな冷たい視線を受けながら、補助金の流れをどうにか利用可能な資金へ変える絵を描こうと、俺の脳はフル回転し始めた。


「いや……補助金そのものを増やすっていうよりさ。

ギルドが今より安く仕事出来るようにしてやれば、その浮いた分の一部をこっちの利益に出来ないかなって。」


「どういう事でしょうか……?

ご説明頂けますか?」


「ギルドが伯爵から貰ってる素材輸送の補助金って、結局は素材を外まで運ぶために使ってる金なんだろ?

だったら、その輸送自体をこっちが今より安く請け負えばいい。

領主府で運送業を始めて、ギルドの下請けになるんだよ。」


そこまで口にしてから、自分でもようやく考えが形になってきた。


「そうすりゃギルドは今までより安く素材を運べる。

俺は業務を請け負った分の金を貰える。

つまり今まで俺には触ることすら出来なかった補助金の一部を、真っ当な仕事の代金として領主府の収入に変えられるってことだ!

これだよ!

合法的に公金を巻き上げるんだ!」


「最後の一言で全て台無しになった気がいたしますが……。」


「うるさいな!

誰かから盗むわけじゃないんだからいいだろ!」


とは言ったものの、まだ穴だらけだ。


そもそも領主府が勝手に輸送業へ参入していいのか。

ギルドがこちらと契約してくれるのか。

今の輸送費がどの程度で、本当にそこから利益を出せるのか。


その辺は資料だけでは分からない。

だが、少なくとも金の流れに入り込む道筋は見えた。


「まぁ、上手く行っても行かなくてもやってみるしかない。

何もしなかったら、ずっと変わらずこの終焉田舎村の領主として死んで埋もれていくか、前の代官みたいに夜逃げするしかない。

上手くいかなくても、どうせ伯爵が困るだけだ。

伯爵が困っても俺は痛くも痒くもない!

領民の事も知らん! 俺は精一杯やる!

それで失敗したら、新人領主なんだから少しくらい許せよ。」


「ご主人様……領主として最低ですね……。」


「最低じゃないだろ。

誰かが不幸になるような犯罪行為じゃないんだから。」


呆れ返るクラウディアを横目に、俺は再び資料との格闘を開始した。


ちなみに補助金は、素材輸送以外にも公共性のある冒険者依頼なんかにも出ている。


だが、そっちは今触る気はない。


下手にいじって冒険者が流出でもしたら、ただでさえギリギリの治安まで死ぬ。


今は眠っていてもらおう。


まずは運送業。


何か使えそうなものはないかとギルド関係の資料を漁っていると、早速気になる部分を見つけた。


「これ……なんで毎回馬車の手配料金が違うの……?

同じ台数でしょ?

なのに毎回手配費用バラバラじゃん。

なのに補助金の金額は一緒って……これなんで違うんだろう……?」


「それは恐らく、馬車の手配が定期便ではなく、素材が溜まり次第その都度手配しているからかと思われます。

資料を見る限り、便の手配自体はアルヴァルトのギルド出張所ではなく、最寄りの支部側で行っているようですね。」


クラウディアが横から覗き込むようにして指摘してくるが、なんか距離近くね?


今はこんな事でドキドキしてる場合では無いんだが。


「うっ……た、確かに見落としてた……。

ってか、なんでわざわざ支部が手配してるんだろう?

普通に考えたら、出入りの商人とかに依頼しちゃえばいいと思うんだけど……。」


「さあ……?」


一瞬、分からないんかい! と思いかけたが、まぁそりゃそうだ。


ギルド内部のことなんかメイドが知ってるわけない。


それに、今資料を見て分かったのは数字の動きだけだ。


補助金がどういう条件で支払われているのか。

輸送業者はどういう仕組みで選ばれているのか。

そもそも俺の案に制度上の問題がないのか。


そこまでは分からない。


こりゃヘルマンを呼び出して詳しく話を聞くしかないな。

あいつならこの領地の事情にも精通しているはずだし、こちらには絶対に抱き込んでおかないといけない人材だ。


「じゃあとりあえず、今の段階で分かるのはここまでか……。

後はヘルマンに補助金の条件と、ギルドや物流周りの事情を聞いてみるしかないな。」


「それで結局、どのような悪事を働こうとしておられるのですか?」


それが当たり前かのように、ごくごく自然に主人に対して発せられる暴言。


メイドと主人という関係の間では、そっちの方が余程重大な悪事だと思えるがね。


「人聞きの悪い事言うんじゃないよ。

まったく……。

俺がやろうとしてるのは、悪事を働く事そのものじゃないんだからさ!

俺はきちんと俺なりの理屈で、最善に事が運ぶように立ち回ろうとしてるだけなの!

その過程で多少の違反とかがあったとしても、まぁ……それは結果として目を瞑らざるを得なくなっただけであって、それが目的じゃないんだから俺を悪人みたいに言うのはやめろ!」


「多少の違反が発生する予定なのですね。」


「予定じゃねぇよ!」


まったく……。


とにかく、今のところ考えているのは大した話じゃない。


領主府で運送業を立ち上げる。


ギルドから素材輸送の仕事を請け負う。


今より安く運べるようにして、その中から利益を得る。


まずはこれだけだ。


街道の整備や、輸送を定期化出来れば更に費用を抑えられるかもしれないが、それも今はまだ机上の空論。


実際に可能なのかは、ヘルマンから話を聞いてから考えればいい。


「内容だけ見たらまっとうに働こうとしているようには見えますが……。」


「だろ?」


「ご主人様の目的が公的資金の吸い上げである点を除けば。」


「シャラァァァッッッップ!!

これは真っ当な仕事だ!

それにこの領地の長は俺だ!

俺が法律だ!」


納得いっていない様子のクラウディアに対し、とりあえず大きな声を出すことで強引に話を終わらせる。


とにもかくにも次にやることは決まった。


ヘルマンから、補助金と物流の詳しい仕組みを聞く。


そこでこの考えが使い物にならないと判明したら……もう、そのときは俺は失踪する。

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