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8話【美味しい紅茶が飲みたい…。】

領地に来て2日目の朝。


あの後、俺の寝室をクラウディアにある程度掃除してもらったが、長期間放置された廃墟同然の部屋のホコリはしつこかったようで、不快な咳と強烈な空腹で目が覚めた。


なんだよこの極限環境……。


ここは牢獄か?


窓の外を見ると、日の出前でまだかなり薄暗い。それでも小鳥が何羽かさえずっているのを聞いて、朝だということがわかる。


さて、領主として着任して最初の仕事を始めなければならない。


【新米領主としてメイドの目を盗んで朝食を作れ】


領主の仕事ではないのはわかってる。

わかってるよ。


でも、やらなきゃ俺が死ぬ。

生きるために食べる。それは人間として、生物として当たり前のことだ。


幸いなことに、クラウディアが活動を始めている気配はまだないようだった。

部屋からこっそりと抜け出し、1階の厨房へと忍び込む。


こんなことが見つかれば、確実に「私がやります」と言って決して譲らないだろう。

しかし、あんなに料理ができないとは思わなかった。


考えてみれば旅の道中、メイドらしいことは全部おっちゃんがやってたので、気づくはずもないのだが……。

おそらく、あの伯爵にメイドの仕事をするなと厳命されていたんだろうなぁ……。


俺にポンコツメイドを押し付けたことがバレるから……。


それでも、ここに着いてからは張り切って仕事しようとしてたわけだし、邪険にしすぎか……?

もしかして俺、結構最低なことした……?

そこまで考えたところで腹の音が鳴り、葛藤するのをやめた。


衣食住足りて礼節を知るわけだし。

現状、食と住の二つが足りてない。

そのくらいのわがままくらいは許して欲しい。


罪悪感と戦いながら、とりあえず竈に火を起こすことには成功した。


食材庫の中を確認すると、昨日使った食材の残りを発見する。

意外にも、まともに料理できるくらいの材料や調味料は揃っていた。


おそらく昨日、一時姿が見えなくなったおっちゃんが手配してくれたのだろう。じゃなきゃ昨日の時点で、あの夕食すら食べられなかっただろうし。


ベーコンらしきものと、昨日食べたなんとか草とかいうほうれん草っぽい葉野菜、それにチーズもある。

じゃがいもっぽい芋は沢山あったから、これを主食にして……。


そんなことを思案していると、突然、背後の至近距離から声をかけられ、ビクリと身体が震えた。

「ご主人様、おはようございます」

こいつ、いつの間に俺の背後に……。


「お、おはよう、クラウディア。

どうしたんだ? こ、こんな所で奇遇じゃないか。」


「ご主人様こそ、こんな所で何をしてらっしゃるのですか?」


もう、それはメイドの仕事だぞと目が告げている。


「いや、あの……えっと、あ、そうだ!

故郷の、故郷の料理が食べたくなっちゃってさ、それで朝食に作ろうかと思って!!!」


後ろめたさと、なんとかこちらが主導権を得ようという焦りから、自然と声が大きくなる。


「ご主人様の故郷のお料理ですか。

でしたら、レシピを教えてくだされば私がお作りしますが。」


クソ…、良い言い訳が思い浮かんだと思ったのに。

というか、レシピを覚える気があるのになんで昨日の食事があれなんだよ!


焼いた肉、茹でた芋、サラダにレシピもクソもないとも思うが……。


「いやぁ……ただの家庭料理だからさ、レシピなんて大層なものはないぞ?

教えながら作ると効率も悪いしさ……」


「ですが……」


こいつ……なんか口とんがってる……。

罪悪感が湧くから、そういう顔をしないでもらいたい……。

そういう顔するならまともな食事作ってくれよ……。


「わ、わかった!

じゃあ俺が作るから、お前は材料を切ってくれ!

調理補助!

手伝ってもらった方が俺も楽だしさ!」


「良いでしょう。

食材の処理はお任せ下さい」


なんとか妥協案を呑ませることに成功し、安堵する。

そうして早速二人で調理に取り掛かり、なんとかまともな食事が完成した。

ただ、クラウディアの隣で調理している間は凄く死の危険を感じた。


真横で食材に斬撃を繰り出すのは本当にやめてほしい。

なんでじゃがいもを切るだけであんな風切り音が聞こえるのか、意味がわからん。

工場の巨大な切断機の真横で作業しているような危機感に晒されながらの調理は、精神衛生に悪い。


「よし! 完成した!!!飯だぁぁぁ!」


久しぶりのまともな飯に、自然とテンションが上がる。


今日の朝食は、ガレル草とベーコンを炒めた物と、茹でたトルタ芋にチーズとブラックペッパーをかけた物。


割と上手く出来た。

飲食のバイトやってて良かった……。

まぁ、このレベルならバイトなんて関係ないとは思うが…。


「どうだ! 美味いだろ!」


「栄養摂取の観点から言えば適していると思います。」


「そこは美味いって言えよ……」


別にマズかったわけでもなかったようで、クラウディアも結構な勢いで完食していた。


胃袋も満ちたところで、今日の予定をクラウディアに確認する。


「本日は町役の者達を招集し、顔合わせの予定となっております。

ご主人様が王都を出立される前に、既にアイゼンベルク伯爵様からこの領都の町役の代表者には先触れを出しておりますが、後ほど準備が整った旨と正式な面会の時間を伝えてまいります。」


「わかった。じゃあ、そうしてくれ」


これでやっと、本当に領主らしい仕事が始まるようだ。


――――――――――。


午後になり、5人ほどの町役の人達が俺の邸宅に集まった。


クラウディアが俺の分の紅茶を持ってくる。


あれ、この人達の分は……と思ったが、まあ身分の差的にそういうことなのだろう。


逆に俺から「この人達の分も用意してあげなさい」みたいに言うのって、多分良くないんだろうな……。


クラウディアもこの5人も当然みたいな顔してるし。


そう思いながら紅茶に口をつける。


うぐ………こッ……こいつ……!


こんな時まで……っ!


なんという苦味と渋みだ。

口の中の不快感で思考が全て持っていかれる。

しかし、こんなことで初っ端から領主としての威厳を失うわけにはいかない。


歪みそうになる表情を懸命に抑え、必死に平静を装う。


「……ぐっ……君達、楽にしてくれて構わないよ。

まずは自己紹介からお願いしようかな…?」


なんとか平静を保ち、俺なりに精一杯威厳のある言葉で5人へ発言を促すと、まずは一番年嵩の男が前へ一歩出た。


「お初にお目にかかります、アルヴァルト男爵様。

恐れながら、わたくしこの地にて代官代理を務めておりますヘルマンと申します。

このたびご領主様をお迎えできましたこと、身に余る喜びにございます。

至らぬ身ではございますが、今後はご領主様の御為、誠心誠意務めさせていただく所存にございます」


代官代理……?


代官って既に代理じゃないの……?

その更に代理ってどういう事よ?


あと、俺の名前、高橋悠人なんだけど?


「(……なあクラウディア。

領主の名前、間違って伝わってない?)」


クラウディアにこっそりと耳打ちをする。


「(いいえ、こうした正式な場では、領地名を冠した爵位でお呼びするのが慣例です。

ご主人様はまだご自身のお名前を名乗られておりませんので、なおさら『アルヴァルト男爵』とお呼びするのが自然かと)」


「(なるほどね)」


とりあえずの疑問は解けた。


俺のこの世界での常識の無さが生んだ誤解だったようで反射的に突っ込んだりしなくて正解だった。


危うく恥を掻くところだった。


「あ、これはご丁寧にどうも……。

新しく領主になった高橋悠人と申します……。

よろしくお願いします」


畏まった代官代理の挨拶にこちらまで萎縮してしまい、威厳もヘッタクレもなく自己紹介を返してしまった。


その後も各担当者から挨拶があり、治安維持担当のアレスとかいう警備隊長のクセの強い自己紹介などもあったが、割愛しておく。


まあ、ここまではいいよ。

特に問題が起こるようなとこでもないしね。

ただの自己紹介だし。


問題はここからだった。


自己紹介の流れで、なんとなく「そういえば前の代官はどうしたの?」と聞いたところ、また問題が一つ発覚した。


なんでも前の代官は、この領地の逼迫した財政状況に絶望して職務を放棄し、そのまま逃げ出したらしい。


それ以来正式な代官は置かれず、今まで町役が最低限の行政を代行していたそうだ。


代官代理のヘルマンが、冷や汗を流しながら答えてくれた。

それで領主邸もこの有様なのか……。

ある程度予想はしていたが、やっぱり貧乏領主かよ……。


憧れていた放蕩生活など夢のまた夢で、このままではブラック寄り子生活が始まってしまうのでは……?


「というか、この領地ってそんなにヤバいの?

冒険者の人とか割と多そうだし、意外と賑わってるじゃん……」


「そうでございますな……。

上辺だけ見ればそうなのですが……新しく領地を得られました男爵様には、大変不躾な物言いとなってしまいますが……。

冒険者が多いため、宿や酒場、商店など町そのものはそれなりに賑わっております。

しかし……持ち込まれる物の多くは低級魔物の素材で、取引額はさほど大きくありません。

商業税や素材取引に伴う手数料も、額としては知れたものでございます。

そのうえ行政や領軍、魔物対策などの支出も大きく、現状はアイゼンベルク伯爵様より素材の輸送費や公共性の高い魔物討伐への補助をいただき、なんとか回っている状況なのでございます……」


そんな事ある?


冒険者のおっちゃんとか、昼間っから酒飲んで景気良さそうに騒いでたじゃん。


いや…、あれは単なる落伍者のバカ騒ぎか?


「じゃ、じゃあ……俺が……じゃなくて、領主として使える公的な資金って実際どんなもんなの……?」


「それは……収入のほとんどが、そのまま支出に消えておりますので……」


それきり、ヘルマンは押し黙ってしまった。


嘘だろ……。


「は……はは……ちょっと待ってくれ。

行政とか魔物対策に金がかかるのはわかったけど、それだけでほとんど全部消えるのか……?」


「いえ……他にも様々な問題はございます。

詳しくは資料を用意して参りましたので、そちらを見ていただきたく……」


これ、本格的に俺も逃げ出したくなってきた……。


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