7話【油汚れを落とす時は、熱いお湯を使うとよく落ちると、我が家のメイドさんが言ってました。】
何はともあれ、到着した。
どんなボロ屋敷だろうと、領主邸は領主邸。嫌だろうとなんだろうと、ここで暮らさなくてはいけない。
というか実際、俺は異世界人なわけだし、この世界に身寄りも頼れる相手もほとんどいない。
ここから逃げ出したところで、この広い大森林で野垂れ死にするのがせいぜいだろう。
流石に『領主様』なんだし、ここにいればどうにかなるはずだ。
「おーい、クラウディア〜。
荷解きとかどうする〜? なにか手伝うか?」
「いえ、私がやりますので、ご主人様はお部屋でお休みになってください」
「いや、でも……」
「いえ、私がやります。
メイドですから」
無表情の中に確固たる意思を感じる。
これはどんなに押し問答しても「うん」とは言わなそうだ。
「……わかったよ……。
重いものは御者のおっちゃんにも手伝ってもらえよ?」
とは言ったものの、現代人としては女の子に荷解きさせて、自分だけダラダラしているというのもちょっと気が引ける。
流石にベッドでゴロゴロしているのは良心が咎めるので、自分の寝室を最低限掃除したあと、なんとなく仕事をしている感じを演出するため屋敷内を散策することにした。
しかしこの領主邸、長いこと誰も使ってなかったんじゃないか?
自分の部屋を掃除している時にも思ったが、屋敷の至るところにホコリが溜まっている。
暇になってしまったことだし、少しブラついてみるか。
まずは俺の寝室の隣の部屋。
ギシギシと嫌な音を立てながらドアを開けると――
「あー……」
ここは駄目だ。
部屋の中には何もないのに、中央に大穴が空いている。多分入ったら、俺の体重だけで床にもう一つ穴が空くだろう。
そのまま扉を閉め、他の部屋も回ってみることにする。
フラフラと当てもなく屋敷をうろついていると、ふと突き当たりの部屋のドアが開いているのが見えた。中ではクラウディアが荷物を整理しているようだ。
「荷解き順調かー?」
と声を掛けながら、そちらへ歩いていく。
「ご主人様、そこは――」
「ぐぎゃぁ!!」
突然床板が抜けて足を取られ、そのまま前のめりに倒れて、したたかに額を床へ打ち付ける。
「……床板が腐っておりますので、お気をつけください。」
「うう……もう遅い……」
辺りには、俺が倒れた衝撃でもうもうとホコリが立ち込めている。
「もう嫌だ……」
幸い、鼻血が出た程度で大きな怪我にはならなかった。
どうしてこの邸宅は……。
「いてぇ……。
はぁ……クラウディア……。
とりあえず、この危険屋敷の危ない箇所をリストアップしといてくれ……」
「それでしたら、ご主人様の寝室、執務室、倉庫、客間を除いて、全て何かしらの危険箇所がありますのでご注意ください。」
「早いな……」
「ご主人様が怪我をしますので、それ以外の部屋と一部廊下は立ち入り禁止です」
なんで俺一人が怪我をする前提なんだよ……とツッコミを入れようと思ったが、まあ……クラウディアなら怪我なんてしなさそうだし……。
ちなみに、クラウディアを手伝おうとして痛い目に遭ったことでやる気をなくし、部屋へ戻る途中、顔や腕に青タンや擦り傷を作った状態の御者のおっちゃんに出会った。
あんたもかよ……。
男二人は戦力外通告になったということか……。
実に情けない。
――――――――――。
その後、クラウディア一人の頑張りでなんとか荷解きが終わる頃には、流石に夜になっていた。
「「何もお力になれず申し訳ございませんでした!!」」
それまで俺たち男組二人はというと、手持ち無沙汰で一階のエントランスに突っ立っているだけだった。
やっとこの心苦しさから解放される。
そして、ここで御者のおっちゃんとはお別れだ。
今夜は宿に泊まり、明日この領都を出立するらしい。
あ、じゃあ本当に荷解きが終わるまで待ってたんだ……。
俺以上に気まずい時間だっただろうに……。
「荷解き、完了いたしました。」
「クラウディアさん! お疲れ様でした!」
またしても色々あったが、遂にここから新生活がスタートする。
ちなみに期待に胸は膨らんでいない。
そういえば膨らむと言えば、流石に時間も時間だし腹も減ってきた。
「そういえば、そろそろ飯にしないか?
さすがに腹が減ってきちゃって……」
「かしこまりました。
ですが、先に身体をお清めになられてはいかがですか?
ホコリでお顔が汚れております。
どうしてでしょう?」
これ、煽ってんのか本気で言ってんのか微妙なラインだな。
廊下でコケた時に付いた汚れだよ。
荷解き頑張った証じゃないよ……。
何もしてないのに汚れてしまってすいませんね。
でも、確かに風呂にも入りたい。
ホコリで汚れてるからってのもあるけど、当然王都からの移動中に風呂なんてまともに入れるわけもなく、身体を拭くのがせいぜいだった。
だから日本人の俺としては、もう限界だ。
「では、支度をしてまいります。
少々お待ちください。」
あれ?
そういえば、クラウディアに風呂の準備をしてもらうのって初めてじゃね?
旅の最中、湯の用意なんかは何故かおっちゃんがやってくれていたし、身体を拭くのも自分でやっていた。
じゃあメイドのあいつは何をしていたのかと思い返してみるも、少なくとも身の回りの世話らしいことはほとんどしていない。
まあ、旅の途中で仕えることになったばかりということもあり、そんなことを頼む勇気もなかったけど。
さすがにね。
正直、この時点でちょっと嫌な予感はしていた。
だが、クラウディアが入浴の準備をしてくると言って消えたことでドキドキしてしまい、そのせいで脳の働きが低下していたのだろう。
湯を沸かす時間が必要だったのだろう。それからしばらくして、クラウディアからお呼びがかかった。
ドアをノックされ、声を掛けられたのでドキドキしながら開けると、いつものメイド服姿のクラウディアが、湯の入った木桶とタオルを持って立っていた。
「あれ? お風呂入るんじゃないの?」
拍子抜けのあまり、普通に疑問を口にしてしまう。
「浴室は使えそうにありませんでした。
苔や垢で覆われておりまして、入浴には適さないかと」
あ……そうですか。
大義名分を貰って多少ワクワクしていたが、ガッカリしてしまう。
そもそも今までそんなこと頼んだこともなかったし、そりゃそうだよな。当たり前だ。
急に領地に着いたからって、メイドさんからフルサービスが始まってもドギマギしてしまうから、逆にこっちの方がありがたい。
ありがたい。
……ありがたい。
「では、お背中をお拭きしますね。
上着を脱いでいただきます」
「え……?え……?あ……じゃ、じゃあそうしてもら、貰おうかなぁ〜……?」
え、何?
どうしたの!?
やっぱりそういうのあるの!?
「ご主人様には旅の最中、たくさんの苦労やご不便をおかけいたしましたので」
何故か俺の心を読んだかのように、言い訳めいたことを口にする。
なにぃ~?
もしかしてクラウディアも恥ずかしいの〜?
意外と可愛いとこあるんだな。などと浮かれながら、とりあえず上着を脱いで彼女に背を向けて座る。
背後からは、木桶に入った湯へ浸したタオルを絞る水音が聞こえる。
正直、メイドさんに背中を拭いてもらうというシチュエーションだけで充分ドキドキしていた。
やがてタオルを絞り終わったらしく、水音が止まる。
「それでは参ります。」
「え? ……あ゛っっっっづう゛う゛!!!」
タオルが背中に触れた瞬間、反射的に床へ倒れ込み、海老反りになる。
体感的には、背中からジュッと音がした気すらした。
「馬鹿!火傷するわ!!背中熱っっっっつ!!何してんの!?」
「いえ、お背中を拭いて差し上げようかと」
「それは分かってるよ!なんでそんなにタオルが熱いのかって聞いてんだよ!」
「皮脂等の汚れを落とす際は、熱いお湯を使った方が汚れがよく落ちます。
知識は母から習いました。」
なんで?という顔に最高に腹が立つ。
「その知識は人体に使っていいものじゃないから!
そもそもお前もお前で、なんでそんな熱湯触れるんだよ!
おかしいだろ!」
「『氣』を巡らせて保護しておりますので」
「ほら!お前もそのままじゃ熱いんじゃん!
なんでちゃっかり自分の身だけ守ってるんだよ!
……っていうか『氣』って何だよ!」
「体内を巡る生命エネルギーです。」
「説明聞いてもわからんわ!もういい!
自分でやるから、あっち行ってろ!」
クラウディアはしょぼんとした表情を浮かべ、そのまま部屋を出ていった。
あれ……?
これ俺が悪いの?
そんなことないよな?
俺、被害者だよね?
その後、なんとかお湯を冷まし、身体を拭きながら先程のやり取りを思い返してみたが、どう考えても俺が悪くないのは明白だった。
ただ、まあ……初日から喧嘩しても仕方ない。
俺は懐の広い領主なのだ。
メイドの失敗も、寛大な心で許してやることにした。
身体がさっぱりしたことで、多少機嫌も良くなったしね。
とりあえず身体は綺麗になった。
欲を言えば湯船に浸かりたい……。
そうなると、さすがに空腹も限界だ。
身体を拭くのに使った木桶を持って下の食堂へ降りていくと、ちょうどクラウディアも俺に声を掛けようとしていたようで、階段の途中で出会った。
夕食ができたらしい。
やるじゃん。
ナイスタイミング。
俺はワクワクしながら食堂へと足を運ぶ。
――――――――――。
食堂に用意された夕食を見て、俺は絶句した。
「…………で、これは何かな? クラウディア君」
「チキンステーキとトルタ芋の塩茹でです。
それと、ガレル草のサラダです。
本日は到着して間もないこともあり、このようなものしか用意できず申し訳ございません」
食材が少ないとか、そういうのはどうだっていいんだよ……。
鶏肉と芋と言った時にクラウディアが指していた皿の上の食材は、両方とも真っ黒だ。
このなんとか芋っていうのは、塩茹でにしたって言ってなかった?
なんで焦げてんの?
いや、聞いたことない食材だし、こっちの世界の食材は茹でたらこうなるのかもしれないしね。
…………。
そんなわけないだろ!
「クラウディアって、もしかして料理できない……?」
「いえ、できます。メイドであればできて当然です。」
あまりの自信満々の即答に、こちらの自信まで揺らぐ。
確かにここは異世界だし、今までの常識は通用しない。
もしかしたら美味いのかも……?
いや、多分嘘なんだけど……。
だってさっきから全然目合わないし。
でもまあ、態度自体はここまで自信満々なんだから流石に……。
意を決して、黒くなった鶏肉の方へナイフを入れる。
中までは炭になっていないらしく、切れ目から白い鶏肉の身が見えた。そのまま恐る恐る口へ運ぶ。
「ぶばぁ……!
やっぱり普通に焦げじゃねぇか!
わかってたけど!
やっぱり料理できないじゃねーか!」
「いえ、料理はできます」
「お前……。じゃあこれを、果たして美味しい料理だと言えるのか?」
「栄養価はきちんとバランスが取れております。」
「美味しいかどうかの話をしてんの!
美味いかどうか聞かれて、栄養素の話から始めるやつがいるかよ!
お前はダークサイドに堕ちた栄養士か?」
「活動に必要なエネルギー量は十分に満たしておりますが。」
「…………」
あれ?
もしかしてクラウディアって、いわゆるポンコツメイド……?
旅の間の食事も携行食か、獲物が取れた時はおっちゃんが料理してたしな……。
あれ?
あのオヤジ、なんでわざわざ別で宿取ったんだ?
普通こういう時、泊まってくよな?
俺が泊まってけって言った時も頑なに固辞してたし。
あいつ……知ってたな……!?
あのおっちゃんも伯爵家のお抱えなわけだし、クラウディアのことは知っていたみたいだ。
そうなると全てが繋がった。
そして今回の領地行きが、全て謀略だったことも理解した。
ようやく全貌が見えてきた気がする。
伯爵はこの俺に、クソ田舎の領地と目の前のポンコツメイド、その両方を押し付けて、まとめて厄介払いを決め込んだのだ。
伯爵の高笑いが聞こえた気がした。
許さん。
許さんぞ。
絶対にだ。




