5話【メイドに一生逆らえないことが確定しました。俺、ご主人様なのに。】
5話
あれから6日。
俺の領地の中心地へ、もう間もなく到着しようという頃。
もう限界です……。
もう本当に無理……。
俺の長い旅は佳境を迎えようとしていた。
そして、俺の尻へのダメージもまた佳境を迎えていた。
最初こそ「お尻が2つに割れちゃう!」とかベタなことを言って、クラウディアに冷たい視線を向けられたりしていたが……。
なんで俺の領地に近づくにつれて道路がボコボコになっていくんだよ!
さっきなんて一瞬、体全体が浮いたぞ!
あの伯爵、領地の運営サボりすぎだろ!
何が広大な素晴らしい領地と男爵の爵位だ!
んなもんどっちも要るかよ!
金を寄越せ!金を!
一番後腐れないだろうが!
今回の領地や爵位だって、絶対ろくでもないことになるから断ろうとしたのに、伯爵から凄い圧をかけられて逃げられなかった……。
絶対俺に都合よく押し付けたかっただけだろ……。
ここまでの道中の様子を見る限り、まともな領地があるとは到底思えない……。
「なぁ、クラウディア……。
お前の元上司、アイゼンベルク伯爵って絶対悪党だろ……。
お姫様を救った人間に対しての仕打ちがこれって許されるのか……?」
「アルバート様は悪党ではありませんが、策略家ではあります。
今回のことも、ご主人様を利用することで得られる利益を最大化した、というだけでしょう。
それに、ご主人様は今や広大な領地を持つ男爵です。
そこは誇ってよろしいかと。」
「それは字面だけの話だろうが……。 そりゃ、メイド付きで領地持ちの貴族なんてご立派だろうけど、道中の様子を見る限りろくでもない臭いがプンプンして……ぐあっ!!」
突然、馬車が大きく揺れて体勢を崩す。
また大穴にでも車輪を取られたかと思ったが、その直後、馬車は急に動きを止めた。
もしかして馬車壊れた……?
「パッ、パッカーウルフだ……!」
突然御者から怯えを含んだ声が上がった。
ウルフ!?
狼ってこと?
狼の群れって……というか、冷静に考えたら御者のおっさんと俺とメイドさん一人ってパーティ構成おかしくないか!?
考えてみたら異世界じゃ当然こういう事態が起きても全然不思議じゃない!
それなのにこんな構成で旅に送り出すとか……。
やっぱりあの伯爵、腹いせに事故を装って俺を殺す気だったんじゃ……。
「ふぅ…あの群れ…、やはり来てしまいましたか。
そのまま大人しくしてくれる事を期待していましたが、駄目だったようですね。
ご主人様は決して馬車の中から出られませぬよう。
私が対処いたします。」
「え?ちょっ、クラウディア!? どこ行くんだ!
外はオオカミがいるって御者のおっさんが!」
俺の忠告なんてまるで無視するかのように、クラウディアはさっさと馬車を降りていってしまう。
後を追おうと思ったが、俺が出ていって一体何ができるのか……。
あと正直な話、凄く怖い。
かといって目の前でむざむざ食い殺されるところを見ているだけなんてできるわけがない。
少なくとも俺には、クラウディアが武器を持っているようには見えなかったが。
このままでは確実に……。
……そうだ!
とりあえず馬車の中に戻ってもらえさえすれば、俺の力で馬車自体を固定して、多少は頑丈な籠城場所にできるかも!
クラウディアを呼び戻して、御者のおっさんと……。
おっさんはいつの間にか俺の隣に座ってガタガタ震えていた。
あんた、少しは若い女を助けようという気持ちはないのか!
俺もだけど!
もっと言ったら、あいつは俺のメイドだけど!
外を覗くと、既に彼女と狼の群れが対峙していた。
最悪の展開だ。
俺はとにかく彼女を馬車の中へ呼び戻そうとする。
「クラウディア!戻って来い!
早く!!おい!クラウディア!!」
半ばパニックになり、語彙が少なくなってしまっているのは俺自身自覚している。
それだけ必死だった。
「おい!クラウディア!!聞こえてんのか!?」
「はい。なんでしょうか?」
必死で彼女の名前を呼んでいると、唐突にこちらへくるりと振り返った。
顔だけを向けた、こちらを見た、という次元ではない。
文字通り身体ごとこちらへ向け、オオカミ共にガラ空きの背中を晒す形になる。
「馬鹿メイド!!前向け!前!」
クラウディアの突飛すぎる行動に、顔を青くして叫ぶ。
無防備な背後を晒されたことで、オオカミ共が今が好機とばかりに一斉に飛び掛かった。
10mほど空いていた距離が一瞬で詰まり、あと1秒もしないうちに彼女は恐ろしい獣共の餌食となるだろう。
もう駄目だと思った瞬間――クラウディアの姿が一瞬ブレたように見えた。
次の瞬間には、先行していた4頭の首が胴体から離れ、血飛沫を上げていた。
何が起こったか理解出来ないうちに、気づけば彼女は再び俺たちに背を向けている。
続く3頭に対して踏み込み、いつの間にか手にしていた短剣でそれぞれ一太刀ずつ。
最小限の動きで首と胴体を切り離していく。
「……は?」
何が起こったのか理解できない。
クラウディアがいつ動いたか、どう動いたかすら満足に目で追えなかった。
理解できたのは、オオカミの死体が7つ出来上がったという事実だけだ。
襲いかかってきていた8頭の群れのうち、7頭を一瞬で沈黙させた。
俺はオオカミ達の鳴き声さえ耳にしていない。
残された群れのボスも、目の前の光景が理解できないらしく微動だにしなかった。
クラウディアが、ふぅ……と小さく息をつく。
残っていたボスに一瞥をくれると、そいつはビクリと身体を震わせ、次の瞬間には踵を返して脱兎のごとく逃走を図った。
だが、クラウディアに逃がす気はないらしい。
再びクラウディアの右手が一瞬ブレる。
次の瞬間には、勢いよく駆け出していたはずのオオカミが派手に転倒し、ギャンギャンと不憫さすら感じさせる悲壮な鳴き声を上げて、じたばたと暴れていた。
右手に持っていたはずの短剣がなくなっていることで、ようやくそれを投擲したのだと気づかされた。
そこへ、まるでジョギングでもするかのような気軽な足取りで駆け寄っていく。
オオカミの後ろ脚に深々と突き刺さった短剣を引き抜き、そのまま首元を一閃。
ほぼ同時に血飛沫が上がった。
何あの殺戮マシーン……。
やだ……あれって俺のメイドさんなんだよね……?
これは一回謝った方がいいか……。
さっき馬鹿とか言っちゃったし。
クラウディアさんは、こちらへ振り返ると、短剣を地面に向けてビッ……と振り、付着していた血液を落とす。
そしてその短剣を、スカートの中、太ももに取り付けていた鞘へ収めると、こちらへゆっくりと歩いてくる。
………………。
あれ……?
あの子、ちょっとドヤ顔してない?
なんだかんだ2週間近く常に一緒にいたから、無表情ではあるけど感情は多少読めるようになってきた。
クラウディアは無表情ではあるけど無感情ではない。
それは、この旅の中でわかった。
そのままドヤ顔――無表情――を維持したまま、こちらへ歩いてくる。
「あの……えっと、クラウディアさん……お疲れ様でした……」
「いえ、メイドとして当然の務めを果たしたまでです。」
「そんなわけないっ……じゃないですか。」
「先程からどうかされましたか? 口調がおかしいようですが……?
私を馬鹿メイドと呼んだことは怒っておりませんよ。」
「しっかり怒ってるじゃん……。ごめんて……。
でも、本当に危ないと思ったから……。
ていうか、お前もなんであそこでわざわざこっち振り向いたんだよ! 普通に危ないだろ!」
「ご主人様がお呼びでしたので。」
「いや、それはそうだけど!」
「それに、あの時点ではまだダイアウルフは私の間合いの外でした。
返事をする程度の余裕はございましたので。つまり余裕アピールです。」
「そういう問題じゃないだろうが!
そういう危ないアピールすんな!
ああいう時は俺への返事なんて後回しでいいから!
危険な方に集中しろよ!
こっちはお前が食い殺されると思って死ぬほど焦ったんだからな!」
「……承知いたしました。
では次からは戦闘中にご主人様から呼びかけられても、必要がなければ無視することにいたします。」
「無視って言い方されると、なんかそれはそれで引っかかるんだが。」
「難しいご主人様ですね。」
「俺が悪いみたいに言うなよ!」
「仕方ありませんね。
今後はなるべく善処いたします。
まあ、とにかくメイドとしてこの程度は当たり前のことなのです。
ご主人様を守れずしてメイドとは言えませんから。」
なんか今日のクラウディアは、いつもより口数が多い気がする。
これが本当なら、メイドっていう職業のハードルとんでもなく上がってるだろ。
「それと、倒したダイアウルフですが、持っていきますか? 領都の冒険者ギルド出張所へ持っていけば、いくらかにはなると思いますが。」
「あー……。 あるんだ……ギルド的なやつ」
「……?」
「まあいいや。とりあえず、このまま死体を放置しとくのもどうかと思うし、持っていくか。」
俺の言葉を聞くと、クラウディアは早速ダイアウルフの解体に取り掛かった。
御者のおっちゃんを伴って、狼の死体をガシガシ処理していくクラウディア。
あんなに野趣あふれる逞しいメイドがいてたまるかよ。
しばらくして処理を終えたらしく、汚れ一つないメイド服のクラウディアと、何故か顔を血で真っ赤に染めた御者のおっちゃんが戻ってきた。
恥ずかしいのか、ちょっと笑っている。
血塗れの顔で笑うなよ。
サイコパスの殺人鬼かよ。
そういやさっき、まともに狼共の血を被ったらしく、おっちゃん一人で騒いでたな……。
――――――――――。
「クラウディアは随分慣れてるな。 こういうの、結構得意なのか?」
「この土地で戦うのは初めてですが、赴任先の環境については事前にある程度調べております。
今回は8頭程度の小さな群れで助かりました。
この辺りのダイアウルフはもっと大きな群れを作ることもあるそうですからね。
流石に20頭を超えるとなると私一人ならいざ知らず、ご主人様を守りながら戦うのは多少骨が折れそうです。」
え……?
今、クラウディアの勘違いでヤバい会話に発展しようとしている。
俺はもう、こいつの戦闘力がおかしいことについてはなんか怖いから突っ込まない事に決めていた。
俺が聞いたのは、仕留めた獲物の処理に随分慣れてるね、くらいの意味だったんだが……。
こいつの今の発言をまとめると、まるでここら辺にはこのレベルの危険がゴロゴロしてるみたいじゃないですか……。
あと、赴任先って言ったよね?
まさかここって……もう……。
「一応聞くけどさ……。 ここって、まだ俺の領地じゃないよね……?」
「……? お昼休憩の際に、領都まではあと1日ほどとお伝えしたはずですが」
「うん。 だからまだ――」
「領境でしたら、既に数時間前に越えております。
ここはもう、ご主人様の治めるアルヴァルト領。
その大森林の中です。」
…………。
え?
じゃあこれから俺は、ずっとこの危険な環境の中で生きていくことになるの!?
伯爵……マジでやってくれたな。
あいつだけは絶対に許さん。
生きて王都に戻れたら、必ず報いを受けてもらう。
……まあ。
生きて帰れたらの話だけどな……。




